タイトルが決まる

 写真展のタイトルがきまることは、僕の連載コラムにくらべて、相当大きい意味のあることである。連載の場合は、そのタイトルが作者以外に詳しくないから、呪文のような力をもっていて、実に不思議そのものだと思っている。しかし、写真展のタイトルが一度決まると、被写体へ向かう「総意」とでもいうようなカメラマン達の力のもとに進み始める。

 連載コラムに呪術性があるとすれば、写真展のタイトルほどそれが総意なるものはあるまい、と写真展を企画した僕は見ている。→『越境する文学への旅』 
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 『知日』第三号に特集し、今週月曜から中国全土で発売開始↑
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# by amaodq78 | 2011-08-19 00:22 | 文事清流

ともに学生を思う

 学生って、こういうのが必要だな!初めてそう言われたのは20歳の頃である。発言の主は北京大学の若い教員、あたりまえのことを言う口調だった。とある茶話会というイベントについて言っただけなのに、やはりショックだった。

 その教員は、学生の何かを見抜いてそう言ったのだ。当時の僕は貧しく口数も少なく読書ばかりに入り浸る生活をしていた。「勉強熱心なヤツ」と見られていて、そんな自分のイメージを心地よく感じてもいたが、そこに一撃を加えたのは、ほかではなく教員企画の学生諸君のための茶話会であった。

 そして、30年近くが過ぎて、教員になった僕は今度、学生諸君のために茶話会を開いた。皆さんにたいへん喜んでもらえたブログやツイッターへのコメントなどを見ると、なぜかもうひとりの自分を昔のまま見たような気がして、幸せな気持ちになったのである。

 本校と神戸外大の学生諸君、ありがとう!
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# by amaodq78 | 2011-07-06 21:38 | 文事清流

企画映像と『天津からの贈り物‐EYE』

 日本の現代文学を可視化する『天津からの贈り物‐EYE』写真展は、今年の秋頃、天津美術学院の美術館において開催される予定だが、実際のところ、まずは神戸での開催を期していた。しかし、当初から予定していた会場の都合で、中国での発表が先になった。天津を選んだ理由は、やはり神戸との日中両国の初めての友好都市だということもあって、お互いに観光や文化交流を深めるように続けていくことを願いたいからである。

 予告編は今週からの公開となっているが、写真展に向けて、神戸ビエンナーレ2011・プレイベントとしても本格的な準備に取り掛からなければならないのである。


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# by amaodq78 | 2011-05-01 07:17 | 文事清流

北京依存度指数

 私にとって日本は、長年住み慣れた異国なのは間違いない。だから、学生と話していると、時々こんな質問をされてハッとすることがある。たとえばこんな質問だ。「毛先生は僕が生まれる前から、長い間日本に住んでおられますが、どうしてですか?」

 「君は今何歳だ?」学生に尋ねると、彼は「1990年生まれです」と答えた。たしかにその年には、私はすでに日本で猛烈に仕事をしていた。水産物を扱う商社で、見習いではなくすでに漁師と一緒に海に出て、遠洋まで行くようになっていた。不思議なことに、こんな質問は北京で出ることが多い。日本でなら、学生からこんな質問が出てもそれほど驚かないだろう。少なくとも、北京で質問されるほどは驚かないだろうに。
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 今回、北京に戻って雍和宮(チベット仏教の寺院)のそばを通ったら、「起名(子供の名づけ)」の看板がいくつも出ていた。赤い看板に金色の文字が目を引く。きっと雍和宮の参拝者をあてこんだ看板だ。人がこの世に生まれたら、名前を得ることは命を得ることと同じくらい重要なことだ。名前のない生命は存在しない。

 北京に戻る回数が増えるにつれて、内心の微妙な変化に気が付いてきた。たとえば喋る速さもその一つだ。同じように取材を受けても、日本語で答えるときは、いつもより早口になる。とくに東京では、口の中に感じる空気に、一言でも多くしゃべれと急かされているようだ。反対に北京では、空気が「落ち着け、早口になるな」となだめているように感じるから、自然と早口も影をひそめる。

 西安に行くと京都で話すよりもゆっくりになるのと同じく、北京では東京よりゆっくり話すようになる。北京で過ごした数日はゆるやかに過ぎていき、毎日いい天気で、周りは顔なじみばかり、それに新しい友達もたくさんできた。どうか皆さんごきげんよう、また次回お会いしましょう。(『仏教タイムス』連載第145回 平成23年4月21日掲載)
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# by amaodq78 | 2011-04-24 10:00 | 文事清流

日本語とその空間

 日本語の読書は、僕にとってまるで昼寝や遊びのように無意識に生活のなかに侵入してきたものであった。その場合、僕をとらえた母国語の中国語と同じぐらい、日本語を読んだ「実在」そのものが密接な背景として思い出される。

 近所の日当たりのよい桜並木の散歩道、タバコの匂いがしみ込んだ僕の書斎の古い椅子。覚えたての日本語をたどれば、新たな表現の世界が扉を開けて待っているという発見が僕を夢中にさせたのである。そして、今日も日本語の本を読み続けている。
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# by amaodq78 | 2011-04-07 09:49 | ノスタルジックな時間

『知日』第二号、間もなく発売

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# by amaodq78 | 2011-04-02 08:47 | 文事清流

反日から「日本を知る」へ


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# by amaodq78 | 2011-03-07 22:17

郭敬明君とのテレビ共演

 時間の経過と同時に、やはり僕はなんとなくこう考えるようになった。それは、テレビ出演や対談の相手は、外部から突然やってきたものではなく、むしろ僕という人間のまわりにもともと、親しみのある人たちでなければならないと。今回の上海で郭敬明君とのテレビ共演は、とくに明確な理由もないままに僕を楽しませてくれたし、とても嬉しかったのである↓  
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# by amaodq78 | 2011-03-06 08:14 | 文事清流

にっぽん やっぱり虫の眼で見たい

 今年旧正月二日目(2月4日)の夜10:00から中国中央テレビ(CCTV)で億単位の視聴を誇る新春特番が放送された。中に神戸の街からというのが、僕の登場となっている。実際のところ、視線を変え、いろいろな見方をすることで、見過ごしていた日常への思いはどんどん深まり、日本めぐりの熱は一層増していったのである。このように伝いたいことが伝われれば何よりだと思っている。

 特番の中に「虫の眼でみたにっぽん」 が中国中央テレビ(CCTV)オフィシャルサイドからでもご覧いただけるというから、上記のリンクを張らせていただき、ご案内を申し上げます。
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 また、Youtubeからもみれます↓


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# by amaodq78 | 2011-02-06 11:10

知日のある風景

 友人の作家・莫言さんがテレビで記者にものの伝え方を問われて、本当に言いたいことが伝わるように言えばいいのだ、とこたえた。つまり、達意の話とはこれだが、話のすべてではないにしても、言いたい気持ちはここに尽くされている。

 最近、『知日』創刊という話題もあってか、中国中央テレビ(CCTV)が、出来れば神戸での取材をしたいというから、二年ぶりに密着を受けることにした。
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 日本をお伝えするということには、自分が何を言いたいのか自覚して、それを然るべき順番に並べなければならない。そうすれば伝えたい熱意は大概伝わるもので、別に「わかりやすい一語」など選ばなくてもいい。とはいえ、肝腎なところでわかりやすい言葉を選ぶことができれば、それに越したことはないわけなので、かかる選択の才能に恵まれた人は、達意の話がしゃべれる。「知日」への視線=鈴木玲子(『毎日新聞』)
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 来月の北京での編集会議も大きな楽しみである。
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# by amaodq78 | 2011-01-20 05:53 | 文事清流