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春に思うこと

 北京の風は乾燥している。肌に直接吹き付けるとき、針でつつかれたような痛みでとびあがる。このような感覚は春に北京に帰ったときに体験したものだ。

 その以前に、もし僕が住んでいるのが日本の港町でなければ、もし海から自宅までたった数分の距離でなければ、それほど北京の春の風が気にならなかったかもしれない。おかしなことに、もともと乾燥していない風が今では乾燥したものに変わり、そもそも何を湿っているというのかわからなかったのが、今はわかるようになった。ここ数年、頻繁に中国と日本という二つの空間を行き来することもあって、空間は確かに生活の現実であることをよく知ったのである。

 北京の家は城東に近く朝陽区である。何本もの線路があり、基本的にみな北京東駅から発車する。小さいころ、毎日列車の汽笛を聞くために、いつも近所の仲間達と集まった。皆、あるものは家から鍋を持ってきて力いっぱいたたき、あるものは小さな旗を振って、あるものは帽子を空高く掲げた。

 当時、鉄道を見に行くことは春節を迎えるのと同じように楽しいことだった。毎回、列車が連なっているのが少し見えると、皆遠くから叫びはじめた。

 僕はこの子供達の一人で、あまり定かではない記憶をたどると、当時まわりからチビと呼ばれていた。しかし、当時ほんとうに気が小さくて怖がりだったので、列車が近づくと事故が起きるのが怖かった。だから、却って人がいない情景が印象に深く刻まれている。

 これまでずっと毎回列車が目の前を通り過ぎるたび、記憶は瞬間的に少年時代に飛んでいく。中国で列車を見かけようと、日本で列車を見かけようと関係なく、さらにはヨーロッパを旅していて列車を見たときにも、このような瞬間に遭遇するといつも、ある種の幻覚が湧き上がる。だれが呼ぶわけでも、管理しているわけでもないが、幻覚そのものは終始暖かく親しみに溢れている。

 春は美しい季節である。少年時代の列車は僕の記憶を積んでいる。ときには、人間は永遠に若いのだ!という思いにさせてしまう。
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by amaodq78 | 2009-03-18 14:10 | 文事清流