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中国人作家たちの眼に映った日本

 日本をどう見るかは大きなテーマだ。テーマは幾らでも大きくできる。日本の国民性とはいかなるものか?集団主義なのか、それとも礼儀の国なのか?そのテーマについて「古を談じ、今を論じる」のもひとつの答えであり、身近にある些細なできごとから語ることもまたひとつの答えだろう。

 しかし、話を大きくするのは比較的容易だが、小さなできごとから語ることはそう簡単にはいかない。なぜなら小さなできごとは身をもって体験することが求められるからだ!

 十年前、作家の莫言さんと日本を旅したとき、東京で通りがかった日本料理店にふらりと入ったことがある。店内は煌々と明るくて、入り口で靴を脱ぐようになっている。木の上がりかまちを一段上がって、靴を木の棚に入れる。木の箱が壁一面にずらっとならんでいて、それぞれの扉に鍵がついた札が下がっている。札もそれも木でできているようだ。 莫言さんは「銭湯みたいだな」と言った。

 このような作りの日本料理店が比較的多いせいか、莫言さんに言われるまで、銭湯みたいだと思ったことはなかった。莫言さんが「日本料理店」を「銭湯」にしてから、私もそれを真似て日本の友人に同じように冗談を言ってみると、意外にも彼らからは「その通り」といわれたのだった。

 おととしには、作家の余華さんがはじめて日本を訪れた。代々木公園の芝生を歩いていたとき、彼は感心したように言った。「東京は木が多いんだなあ。いわゆる天地を覆い尽くすというのではなくて、あんなわずかの隙間にも木を植えていますね!」

 じつは、彼が泊まっていたホテルの窓からは、小さなビルとビル隙間にも木が植えられているのがよく見えたのだった。それが耳の穴のようなわずかばかり空間であっても、である。木というより、壁一面のツタの葉の緑でも、満たされた気持ちになった。

 おなじ作家でも、視点が違えば、思い考えることはまったく違う。去年、作家の李鋭さんと東京から列車で仙台へ行った。車中ではずっと本を読んでいた李鋭さんだが、魯迅先生が留学のために仙台へ向かった冬の日の情景を私に話してくれた。わたしたちの列車の窓の外に広がるのは日本の晩秋であったが、枯葉がすでに落ち、トンネルに入る際に見た枯葉は、疾走する列車に煽られて地上から舞い上がる残灰のようだった。

 夜までかかってようやく仙台に到着した。李鋭さんはこのことを、今年の文芸雑誌『収穫』に『焼夢』と題して発表し、このように描写している「いま思えば、仙台入りには黒夜がふさわしかった。歴史が歳月による腐蝕のせいで見る影を失おうとも、黒夜だけが色あせることなく、黒夜だけがもっとも当時の歴史の地色に適い、もっとも魯迅先生の心境に適っている。」

 日本に来たならば、京都はぜひとも訪れるべき古都である。街の構造は唐代に似た風格がある。今年、前後してこの街を訪れた二人の中国人作家に同行した。ひとりは蘇童さん、もうひとりはアニー・ベイビーさんである。

 蘇童さんは蘇州出身で、幼い頃から水のイメージとしっかりと結びついているが、京都はその正反対、盆地で三方を山に囲まれ、平野も海も見えない。そんな街なので、私は蘇童さんの話に水が出てくると思っていなかったのだが、彼と話をしていて頻繁に登場するのはまさに「水」であり、目の前に見える樹でも山でもないのだった。蘇童さんは以前発表した短編小説について詳しく話してくれた。その小説のタイトルは『水鬼』である。こうしてみると、時空の置換えは座席番号に従う必要はない。蘇童さんが感じたように山を見て水を語ればいいのだ。いつか蘇童さんと蘇州をおとずれたとしたら、「水を見て山を語る」になるかもしれない。

 ほかの作家にくらべて、アニー・ベイビーさんは饒舌なタイプではない。しかし、行動派であり、ときにはウィットに富んだジョークが飛び出す。彼女は私に、京都は旅のなかでも、とりわけよく歩いた街だったと話してくれた。彼女は夕食後、また街へ出た。これといった目的があるわけではなく、ただただ歩き、街並みを見る。見ると感じることがあり、感じることあると考え続けるのだという。

 彼女の滞在中にちょうど“弘法市”があった。地元の人は“弘法さん”と呼び、毎月21日に東寺の境内に骨董や雑貨を売る市がたつ。日本の高僧空海大師の命日が由来で、その後、京都の信仰深い人々によって毎月空海さまに線香が上げられる。その傍でごちゃごちゃとガラクタが売られる、聖俗合いまみれるもので、市はこの上なく賑やかだった。そのうちアニー・ベイビーさんが日本の感想を書いてくれるだろう。同行者として彼女の文章を読むのが楽しみである。

 百年以上の時を超え、魯迅先生の時代に比べれば、中国の作家が日本を観察しても昔ほど未知の出来事にあふれているとは限らない。また、どれほどたくさんの小さな出来事があったとしてもすべて書き記されるとはかぎらない。しかし、彼らと同行でき、それを記録することは、ずっと日本について書いてきた私にとってとても貴重なことかもしれない。
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by amaodq78 | 2008-12-25 01:19 | 文事清流

メリークリスマス

 ここしばらく、毎年の年末になると、著作使用承諾書が届く。主に大学の入試問題として採用されてきたが、今年は高等学校を加えたこともあって、たいへんありがたいものである。 奈良学園高等学校はそのひとつ、しかも親友の娘は昨年の受験で僕の文を読み込みながら、懸命に答えたという。 僕はこんな年齢になった実感はまったくないと言ったら、まったくの嘘になるが、なんだか寂しい気持ちになる。

 皆さんもメリークリスマス!
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by amaodq78 | 2008-12-24 11:33 | 文事清流

内閣府海外向け広報誌に登場

 写真には、ボーカリスト、女優、小説家の田原さん(ティエンユエン・武漢出身)と一緒に載っている。自分がどのように書かれていたのか例によって忘れているかもしれないが、このページにたどり着いたときにはつい手を止めてしまう。
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 Readをクリックすれば全編読める→Highlighting JAPAN

 少女らしさを留めていながらもかなり魅力的な彼女の小説を読み、僕はこんな年を取っていたのかと感慨を覚える。昔の少年時代の僕とはまるで違う。今を見つめるとこんなところまで見方変わるのかと初めて知った思いだった。
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by amaodq78 | 2008-12-19 22:02 | 新聞雑誌掲載文

中国語ブログ1500万アクセス突破

 中国語で書こうとするブログがまず最初にカタチを持つのは、あるときふと日常の中に宿る、一瞬のような表現欲だ。書こうとするそのブログの中国語をほとんど規定した内容のときもあれば、そうではなく文字通りひらめいたほんのわずかの描写にすぎない場合もある。

 いずれにせよ、これはかならず立派な中国語の文章になる、と書く当人である僕が半分遊びのような感覚だったかもしれない。

 ブログを書かなくては、という思いに触発されながら、僕のなかにおそらくずっと以前からあったものが、ようやく適切な表現方法に浮かび上がってきたような気もする。

 これは表現の喜怒哀楽だとしか言いようがない。

 これまでブログを書いてきた実体験が、書かれるべき次の中国語表現のための大きなステップを用意してくれる。そう信じたい。

 ブログとは、僕にとってすでにあるものだ。これから書こうとする僕を助けて作動し続ける表現欲は、眠っていたさまざまな過去を掘り起こしてくれるのだろう。僕はそれを頼りにするつもりである。
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by amaodq78 | 2008-12-17 22:59 | 文事清流

杭州講演会、話術から考えると

 講演会がどんな場所であっても、聴衆の心をとらえて離さぬところがあるのは、文章に比べてはるかに、終わりよければすべてよし、の話術的発想に忠実になりうるからであろう。終わりと言えば、“落ち”のことである。
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 関西の人の言葉がおもしろいと感じられていることとも無関係ではない。日本語では、もっと終わりに裾まわりに気をつける必要があるが、僕の中国語も段々そうなっていく気がする。
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by amaodq78 | 2008-12-16 14:44 | 文事清流

本のタイトルに「豆」をつける

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  新刊の表紙に関して、よく本の顔ということが言われる。読む、見る、そして買う。これらは意外に独立しているそうである。著者として確かに表紙を見て満足しても読者とはあまり関係ないと思う。表紙だけではなく、内容だってそうだろう。

 通常、人は、他者の文章を読むことからはじめて自分の思いを形成することができる。中国全土での発売開始は来年1月7日、北京ブックフェアの期間中からと聞いているので、期待したい。本のタイトルは仮邦訳で『にっぽん 七つの銅製さやえんどう』、中国青年出版社から刊行される予定
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by amaodq78 | 2008-12-09 11:04 | 文事清流

「虫の眼」で見た日本

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 「虫の眼」で見た日本 清水美和(『東京新聞』論説委員)
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by amaodq78 | 2008-12-05 06:46

なっちゃんの花

 お隣りに、なっちゃんという子がいる。今年七才になる女の子だ。両親揃って魚釣りが趣味で、週末になるとかならずどこかへ出掛けては釣りを楽しんでいる。車に積み込む釣道具をみれば、今週は川に行くのか、それとも海釣りの舟に乗るのか、同じく釣り好きな私には容易に見て取れる。

 ところが、大人の趣味に反して、なっちゃんは魚釣りはあまり好きではないようだ。釣りに出かける前日になると毎回、両親によるあの手この手の「なっちゃん説得作戦」が行なわれる。

 「お魚は、おもしろいよ~。川も海もプールよりずうっときれいだし、なっちゃんよりも大きなお魚が泳いでるんだから」

 しかし、なっちゃんの反応はというと、いつも黙って下を向いたまま。決して両親と眼をあわせようとしない。なぜそれほどまでに拒絶反応を示すのだろうか。父親はどう考えてもその理由が見つからなかったが、母親のほうは、なっちゃん本人からそのわけを聞いていた。

 「血がついたお魚のお口って、とってもかわいそう。お魚だって痛いんでしょ?」

 きっと初めての釣りのときに、口に刺さった釣り針で血まみれになった魚を目の当たりにして、かなりのショックを受けたに違いない。

 それ以来、釣りに出かけるときには、なっちゃんには家で留守番をしてもらうことになっていた。「一人ぼっちはさぞ心細いだろうに」と気遣う両親の心配をよそに、当の本人は留守番を案外喜んでいるようだった。

 そんなある日のことだった。家の外に出てふと隣家を仰ぎみると、あの釣り嫌いのなっちゃんが、なんとベランダで釣り竿を両手に握っているではないか。しかも、まるで魚釣りを楽しんでいるかのように…。木の椅子に坐り込み、丸くなったなっちゃんの体は小さく、釣り竿だけが空中に高々と舞い上がっていた。

 「なっちゃ~ん、一体何を釣ってるの?」

 私は、不思議に思い尋ねてみた。

 「蝶々さんを釣っているの。あれみて、ほら、あそこに飛んでるでしょ」

 なっちゃんの視線を追って遠くの方に眺めると、たしかに、太陽の下で金色に輝きながら、小さな点がふたつ、飛んでいるようにみえた。それは何かしら奇妙な光景であった。釣竿の糸の先に目をやると、そこには釣針のかわりに、大きな花びらがひとひら、付けられていて、風にそよそよと揺れていた。薄黄色の花びらは、一枚の薄絹のようにひたすら宙を舞っている。そうか、魚が餌をつけた針に食いつくように、蝶は花びらに飛びつくというわけか。

 なっちゃんは大きな目をいっそうまん丸にさせて、蝶が近づいてくるのを真剣に待ち受けている。いつの間にか私もつられて立ち止まり、じっと釣竿を見つめていた。すると、小さな点のように見えた蝶はだんだん大きくなり、不規則な曲線を描きながら、釣糸の先の花びらの周りに舞い込んできたのだった。

 気がづくと、なっちゃんも私も、蝶と花のすばらしい出会いの立会人となっていた。まるでそうなることを最初から確信していたかのように、なっちゃんは無心な笑顔で、身じろぎもせずに、その和やかで暖かい風景に静かに見入っていた。

 私はなんだか涙が出そうな気分になり、次の瞬間、思わずなっちゃんに大きな拍手をおくったのだった。 
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by amaodq78 | 2008-12-02 14:07 | 文事清流