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『兄弟』の勇気

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by amaodq78 | 2008-07-18 06:18

ぼくの秀水街

 北京の永安里は僕が小学校に通った場所だ。永安南里に住んでいて、小学校は西里にあった。それ以前には東城区の無量大胡同に住んでいたこともある。この胡同の名前が仏教用語だったことに、今気がついた。永安里は秀水街より南の一帯を指している。

 時間が少し空いたので近所を歩いてみた。昔の道はすっかりきれいなビルばかりになっていたけれど、そうと意識してみないと、頭の中にある子供の時の通りの印象と変わらないように感じられる。

 秀水街に衣料品を売る小さな店が並んでいた当時、小学校時代の同級生から「一緒に商売をする気はないか」と持ちかけられたことがある。当時僕は大連で水産関係の仕事をしていたのだが、ある取引先の男が北京の秀水街とちょっとしたコネがあるという話をした。尋ねてみると、コネというのは他でもない、僕を誘った同級生のことだった。

 有名な日壇中学のあたりまでひっくるめて、秀水街一帯を通称「豫王墳(豫王の墓)」と呼んでいて、そう呼ぶのが皆当たり前になっていた。僕が通っていた119中学は秀水街とは長安街の道一本隔てたところにあり、土の道と小さな藪は今でも記憶に残っている。

 小学校の同級生との話はそれ以上は進まなかった。当時僕はとても忙しかったし、なんとなくではあるけど、自分には向いていないような気がしたのだ。商売をするなら、やっぱり魚の商売がおもしろい。魚は活きているけれど、洋服は死んでいる。どんなに綺麗な洋服でも、着る人がいてこそのものだ。

 何年もの歳月が過ぎ、あの同級生とも音信不通になったけれど、彼はよその土地に行ったかそれとも海外に行ったか、おそらくもう秀水街にはいない気がする。もしかしたら日本にいるかもしれない。この文章を目にしていたら手紙でもくれないだろうか。

 秀水街を出て王府井をぶらぶらしながら少年時代を思い出していると、すぐに天安門に着いた。20元の切符を1枚買い、城楼に登った。毛主席記念堂を眺めていると、またもや小学校時代に現場労働に参加したときの情景が、ありありと蘇ってきた。中年になったせいで昔の記憶がますます活発になったのだろうか。

 2008年は北京オリンピックの年。北京中の人が「鳥の巣」と呼ばれるあの奇怪な形状のオリンピックスタジアムのことを話題にしている。ところが、まもなく完成するスタジアムの前をクルマで通りすぎるとき、鳥の巣の外壁を見上げて壮観だとは感じるものの、記憶の中の秀水街のほうが、今目の前にあるどんな新しい建築物よりはるかに鮮明なのだ。

 2008年というこの年に秀水街のことを議論しようなどという北京っ子はもういないかもしれないこと、衣料品の小さな店が並ぶあの通りの名前さえ忘れられ始めていることも、勿論分かっている。

 でも、僕にとっては変化もまた一種の不変なのかもしれない。とりわけ少年時代の記憶は、オリンピックのために色褪せることはなく、むしろ北京の変貌が大きければ大きいほど、過去の記憶が深くなるのだった。
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by amaodq78 | 2008-07-05 07:15 | 文事清流

ちょっとしたこぼれ話

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by amaodq78 | 2008-07-02 18:12 | 文事清流