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現代中国の文学を読みうるのか

 常に念頭にあるというのでもないし、時に思いがけなく強い勢いで飛びあがってくる噴水のようなことでもないのだが、それでもどういうわけでか、時に想わざるをえないのは、その日本における現代中国文学のことだった。
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 たしか、何種類の文学雑誌で読んだのだと思うが、日本においては、決してメジャーな存在ではない。僕としてはむしろ現代の中国文学が認知するまでまったく知られていなかったと言ってよい。

 その文学は、何年ほど前のある時から日本のメディアからほぼ完全に姿を消してしまったのだが、残りの報道は中国ここ数年の文学事情とずいぶんかけ離れたところで、地味な内容のみ演出されていく。実に寂しいものである。

 文学というまさしくその国の人を理解するためにもっとも重要な環視の項目のひとつであり、つまりただ大勢の人の目に直接さらされるのではなく、そこでの認識が日本人の好奇心にも届けられるという意味で継続しなければならない。

 幸い、先鋭的な日本人女性翻訳家も同じ気持で僕の考えに共感してくれて、何なりの前向きというような要素が持たされているように思うのである

 昨日発売『AREA』中国特集をご高覧下さい。とりわけ上記の写真の女の子、田原(ティエンユェン)16才のとき自作の英語歌でデビューを果たし、今度は作家として来年の日本語版で登場する予定。

 北京で彼女と一度だけ会ったことがある。日本での受け入れはそのうちうまく行くようになるか、彼女の文学の才能を信じたい。
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by amaodq78 | 2007-12-24 00:42 | 現代中国の群像

中国語・動画ブログ100万アクセス突破

 リアリティには確かに動画的魅力がある。これは操作してみるとすぐわかることだ。とはいえ、阿毛博客・中国語ブログの続きに、動画を文字通りうけとるのは好奇心、というより立派な時代流れというものだろう。

 ブログという存在はもっと多様な顔を持っている。かつて動画混じりの試みを行ってみたが、さすがに日記帳などに縁はない。けれども、動画の魅力は絶えたわけではない。その参考といえば、阿毛博客の左側にある一項目といったところだろう。頻繁にアップするつもりはないが、それなりにブログのつじつまにあうように、非拡大を念頭に置きながら、少しばかりファイルを加えてみることにしている。

 それにしても、アクセスにこだわりをほとんど持っていないと思っている僕も大いにこだわったことが一つだけある。それは去年、様子見の段階ではあるが、いざやりだすと、すぐそれにのめり込んでしまったのである。

 動画ブログと言っても、特に長文は書かない。映像だけをサイドに取り込み、見たい視聴者と流したい僕という自発性がうまく誘発されれば、それでよし。同じ動画思考なら、上質で多様なもの、つまりなるべく自分が撮影した映像を仕込んでおくのがよかろう。意外に、動画に占める思考誘発的なものは予想よりずっと大きいと、僕は思う。

 アクセス数増えて、やはり嬉しい
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by amaodq78 | 2007-12-21 09:10 | 文事清流

中国でも知られるひとつの感動実話

 先月の札幌節(札幌デーin Beijing)フォーラムで、最後の締めだが、実話にふれた内容がある。ここで全記録から一部だけ再現しよう↓

 『私は日本に来たばかりでお金がなかったので、ヒッチハイクで旅行しようと思い立ち、高速道路の入り口で手を振っていました。やがて40分ほど経った頃、つい男の人が運転するトラックが止まり、乗せてくれました。その人の出身地を訊いたところ、北海道の旭川だということでした。

 その人は顔中髭だらけで、一見恐そうな感じでしたが、そのころまだ日本語がうまくなかった私に横になって休むように勧めてくれました。トラックは10トン車ほどの大きさで、運転手の後ろに畳が敷いてあり、休めるようになっていました。そのころは(20年も前のことです)携帯電話もなかったので、無線機を使って彼が一生懸命に何か言っていました。私には彼が何を叫んでいるのか全く分かりませんでした。

 深夜、一路東京へ向かっていた時のことです。彼に突然起こされ、「ちょっとこっちへ来て見てごらん」と言うのです。私が「何を見るんですか」と聞くと、彼は「前の方を見ろ」というので見てみると、深夜の高速道路を反対方向から走ってくるたくさんのトラックがパッシングライトを使って合図を送って来ていたのです。それらは彼のトラック仲間で、「今日は北京の若者を一人乗せていると言ったので、みんなが君に挨拶しているのだ」と彼は言いました。

 この光景‥‥、高速道路が一本の黒い川となり、車のランプはまるで夜空にきらめく星のように思えました。

 今でもこの時のことははっきりと覚えています。まるでハリウッド映画のようですが、これは本当にあったことなのです。』

 中国大手新聞に掲載され、ネットから朗読も聴ける↓

 『新華日報』2007年12月11日朝刊
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by amaodq78 | 2007-12-16 09:37 | 文事清流

秋の紅葉に思う

 日本の作家気質に、大きな眼で見れば日本に固有の風土の影響が重要な要素として認められるが、山水の美に定評のある京都では、それに対応する作家の気質がもっとも認められるのではないか。 これらは本源的に見ると、それぞれの地域の風土によって醸成された民族性につながってくる。

 今日の午後、永観堂のなかをぶらりと、その後は南禅寺の住職のところに行った。空が美しく晴れて楓の若葉が鮮やかに輝いているけれど、やはり色の違いがむくむくと湧きあがってきたように見える。きらきらして、とても綺麗なのである。
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by amaodq78 | 2007-12-07 00:28 | 文事清流

札幌節(札幌デーin Beijing)

 イベントが人を選ぶのではなく、人に選ばれるイベント時代になるのではなかろうか。イベントに煽られる点ばかりが、今までクローズアップされてきたが、講師と聴衆という形をよく考えてみると、聞かされ、信じ込まされるのは、講師と聴衆のどちらかであろうか。単なる波及効果は問題ではないのだ。
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 記事は、先月5日のイベント(札幌の夕べ・長富宮飯店)。講師は三人、作家の莫言氏と映画監督の霍建起(フォー・ジェンチー)と僕、聴衆は200名以上。札幌市長のご臨席を賜り、楽しいひと時を過ごすことができた↓

 『北海道新聞』2007年11月12日朝刊
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by amaodq78 | 2007-12-05 20:48 | 文事清流

僧侶のお話

 秋田県を旅した。小さな町どこも過疎化と都市との格差でさびれきっていたが、どこへ行っても僧侶はかならずいるのに驚かされた。

 なんでも、日本に生まれた人は誰もが当たり前のように僧侶のいる風景をみせられ、年に何回か僧侶と会えるはずだという。

 際立った存在も特別な情景も日本にはない。なのに、僕に好奇心を抱かせた。仏陀が煩悩に勝るという瞬間は日本の日常にあるかもしれない。
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 後日からの旅は、道元を読むことからはじめるつもりなので、三ノ宮のジュンク堂で関連書籍をいっぱい買い込んだ。知人の立松和平『道元という生き方』は、僕の好きなテーマで午後にも読み終えたいものである。後は五木寛之先生の講演集も面白そう。

 ともかくしても、日本は海に囲まれた島国であるから、天然の国境にしっかりと守られながら、外国の侵略を直接受けた経験がない。この意味において、能天気な感性も豊かということも言えるかもしれない。
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by amaodq78 | 2007-12-04 21:12 | 文事清流