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祇園祭 2007

 「祭」の意味は中国語では「節日」に相当すると思うが、多くの場合、多くの人が集って人々の渦が巻き起こっているような情景をいう。おかしなもので、私は神戸に住んでいて、京都からは距離的に遠くはない。車でも電車でも一時間半といったところだ。

 それにも関わらず毎回京都へ行くときには、小さな旅に出かけたような気持ちになる。そして、毎回違った収穫がある。もしその日が雨ならば、京都の雨は神戸より大雨であり、雷が鳴る日であれば、京都の雷は神戸より大きく轟くのだ。

 これは京都が山に囲まれ海に面していないことや、あるいはこの街が幽玄な古都であることによるものかもしれない。とりわけ伝統となっている祇園祭のときには、行き交う人のゆっくりとした足取り、山鉾の車輪が地面に擦れるときの「えーんやら、やあ」という掛け声、そして祇園囃子のコンチキチンという鐘の単調な音が、織り交ざり声が交錯し、この日の空はいつもより高いとさえ感じるのだ。

 祇園祭のクライマックス前日を「宵山」というが、この夜京都は数十万人の人出となる。見物人達は山鉾に飾られた駒形提灯を見ながら、刺すようなお囃子に耳を傾ける。そそりたつように立て掛けられた駒形提灯は盛夏の熱で凝固しているようだ。そして空気中に黒をまざまざと見ることが出来る。

 黒といってもそれぞれの黒の違いまではっきりしている。山鉾の垂れ幕、婦人の小刻みな歩き方と沿路の古い家屋の灰色の屋根瓦、また果てしなく広がる星空……。

 実のところ毎年宵山の行列に加わっていると、何故だかわからないが、その夜の喧騒が私に濃淡異なる黒の印象を与えているように思う。これは私が愛読する川端康成の「古都」の影響を暗に受けているのかもしれない。それとも私自身の気質なのか?日本的な祭に遭遇すると、ある種の興奮や同時にその興奮を全面的に発散させることができないような押さえつけられた感情があり、深く考えさせられる。もちろん考えたからといって必ず結論が生まれるわけではないけれど。

 祇園祭は平安時代の869年に始まった。当時疫病を防ぐために京都で「御霊会」が作られたことに起源する。毎年六十六の鉾を八坂神社まで引き無病息災を祈る。人々の多くが黒い衣をまとって、行列も静粛なものだったという。

■ルビ:節日(ジェーリー)

(『仏教タイムス』連載・第107回)
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by amaodq78 | 2007-07-18 13:49 | 新聞雑誌掲載文

鉄板焼への賛歌

 また何回目かの鉄板焼ステーキを食べた。新しい店に踏み込むたびに期待と不安が交錯する。とくに料理人のパフォマンスは不安感のほうが大きかった。

 しかし、今日の内容はかなり充実していた。神戸だけでも、さすがにすべての店を網羅するというわけにはいかないが、料理人の演出一点張りだったからわかりやすかった。中国のお客さんには馬鹿受け!


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by amaodq78 | 2007-07-16 06:20