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取材のあれこれ、思うこと感じること

 以前、文章を書くために、なにかとひらめいたら、すぐにもテープに吹き込んでしまう。その後もしばらく続けてみたが、結局、これは僕には不可能だということがわかった。文章を書く場合、絶対的に静かでなければならない。昔はペンや鉛筆でも使用するが、ペンは絶えずインクをつけるのがいささか愉快な気持ちではないし、テープも耳だけを頼りにした、何か次元の違う作業としか思われなかったのである。

 それ以来、取材などに行くと、僕がテープを用意したり、じっくりと聞いたうえで書き残したり、加えたりすることを嫌うようになった。勿論、何の準備もなしにすいすいと完全原稿が書けるはずがない。それにしても、取材の現場でアドリブに対応するのが都合のいいものと思うのである。要するに、テープや相手の口述と違って、実際に自分で膨らませたイメージというものに集中する。そして、記事を書くということになる。
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 写真(拙著『狂走日本』P117掲載)はNHK衛星放送のニュースキャスターの石山智恵さん、彼女にインタビューを行ったのが最近ではない。少し古い話題だったかもしれないが、しかし、その当時に書いた記事は後に、一冊の本の中に収められ、彼女から受けた印象と相応じるような取材現場でのアドリブが、再び僕をとらえたからである。
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by amaodq78 | 2007-02-28 15:11 | 文事清流

大きな挑戦への編集者の転回

 編集者の尤君は昨年の春、上海の大手出版社を辞めた。わずか半年足らずにいたが、雑誌や書籍の編集から油絵オークション業界への華麗な転身を皮切りにこれまで中国国内を十数回も飛びまわってきた。彼にとって、ここがもっとも激動的な時間を過ごした場所となった。

 上海の収集作品だけでは足りずに中国全土へまで足を伸ばし、観るだけでは収まらず関連書簡に読み耽ったのは、十数年の歳月を経て、彼に生じたそのような油絵への執着心と無関係ではないだろう。

 いま思えば、僕にもこのような転回があったのではないか?長い期間におよぶサラリーマンとしての日々を通して、少しずつ、痛みと共に「雇われる人」と「やってみる人」との交感が営まれたのではないか。

 このような転回の、鮮やかに同時代的なあり方をつい最近まで実感することができなかった。編集者の尤君を見ていると、人間は日常のなかで、眼を見開いたまま自らの内側を覗き込み、混沌からなにかを掴み捕ろうと格闘する孤独な姿が浮かび上がる一方、たいへん野心的な、なにかを巨大な力で変えようとする強い意思も感じられている。

 尤君とは拙著の編集で交友が深まったこともあるから、彼の転職は他人事ではない気もする。それにしても、先月の油絵オークションで初舞台でありながら、日本円でいきなり数千万円の大金を稼いだというから、周囲を驚かせたのである。

 彼はいま北京で油絵の仕入れに奔走しているが、妻との類縁性は薄かったせいか、つい正式に離婚したそうだ。勿論のことだが、彼はもう引き返すことのできぬ転回のなかに巻き込まれていくに違いがない。
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by amaodq78 | 2007-02-26 21:59 | 文事清流

理詰め「日本人論」に抵抗感

 一つの国に対する理解には、様々な形があってかまわない。政治、経済、貿易に携わるにせよ、近頃参加する機会の多くなった文化交流活動にせよ、それらはいずれも一つの国に対する未知から熟知への過程である。

 理解する形が異なれば、その結果生ずる感情や認識といったものは違ったものとなる。それが当然のことなのだ。

 しかし、近代において様々な形で存在するはずの日本と中国の相互理解は、度重なる戦争で敵対関係にあったということと、それによって引き起こされた不信感のために、極端に歪められてしまった。このことは、この百年の両国に関する記録に容易に見出すことができる。

 だからこそ、日中国交回復の両政府声明にある「不正常な状態に終止符を打つことを切望している」(岩波書店「原典中国現代史」)という一言は、深い意味を持ち得たのではないか。

 ひとつの国に対する様々な理解ということを言えば、今年、日本に来てからすでに19回目のお正月を過ごしたこの僕は、今年もまた、日本の友人に「ギョーザを食べましたか」という問いかけを新年の挨拶代わりに口にしていた。無意識のうちに、僕は記憶に生きる中国の旧正月を頭に思い浮かべたに違いない。

 時間は、人間が住む空間にも関係を持つ。住み着いた場所に慣れれば慣れるほど、時の速さを感じる一方で、何処かで変え難いものもあることに気が付く。

 何気なく口にした新年の挨拶。そこに単にギョーザを食べたいという願望ではなく、「ギョーザ」という記号を通して自分から遠ざかった19年前までの中国での日常を温めようとするこころの動きを、僕は感じたのである。

 このような感触は、「日本という日常」を前提条件に生まれたものである。一個人として、日頃心に留めてきたささやかな事柄に対する気持ち、或いは考察を記録していくのも、異文化への理解だと思いたい。このごろ、理屈が先に立つ論説が多い日本人論には、僕は抵抗感を持っている。

 臨場感を湧きたてるように、微に入り細に渡った描写こそが求められるべきである。仮にこれらの理解が完全に著者個人の私的な印象に基づいていたとしても、そこには印象の芽生え、確立そして成長が期待されるだろう。

 日本人論には表情が要る。旧正月になると僕のような中国人がすぐ口にする「ギョーザ」と同じように、日本人には「おせち料理」がある。それぞれにちがう表情も見せるが、ごく普通のことである。そして今、ここに書いたことは、僕自身が異国の日常を足で歩いて直に確かめたもので、決してじっと頭を抱えて考えついたものはない。『日本人論』のほとんどが、そうした点を欠けていると思う。

 最初に述べた、「一つの国を理解するには様々な形があってよい」という言葉にもどると、一個人としてひとつの国を理解するのも、様々な形のひとつである。さらに付け足せば、日本は僕にとっては異国には違いないのだが、僕にとっては現実そのものであり、また日常の生活でもある。

初出『読売新聞』(1999.2.3掲載)。ただし、内容に修正・加筆をほどこしたことがある
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by amaodq78 | 2007-02-25 22:01 | 新聞雑誌掲載文

人と出会うこと

 奇遇といえば、土生川君と25年ほど前の万里長城で出会ったことだとひそかに思っている。当時の僕は大学新卒、彼が京都外大の4回生で、中国を旅行していた。何しろ彼はお寺の息子で、奇妙に話がうまいという印象を持っているのは僕だけではない。その場で一緒にいたほかの人もそう思っているらしい。

 それはともかく、その後何年も会っていないのに、一昨年の秋、雑誌取材のために高野山を訪ねた時、僕を寺院で出迎えてくれたのがその土生川君であった。広東話や北京語も彼がペラペラしゃべることはおどろきだ。実際のところ、そこまでは無理に納得しなくても、彼は相変わらずお話がたいへん上手で、立派なイケメン僧侶になったこともおどろきを通り越してしまうような気がする。
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 日本仏教についてずっと前から興味を持っている。現に『歎異抄』も訳したことがあったぐらいから、彼と微妙にかさなりあうものがあると、そう一方的に考えているというのが、僕の本音なのである。その日の宴会席で彼は言う「他の人に理解しにくい共通項があるのではないかね」と。

 僕は、彼と自分の共通項を解くかぎが、仏教への探究心を媒介として、いささかクリアになったように思ったものだった。

 本日の新聞各紙に写真付きで小さく載っている→「高野山真言宗法印に土生川大僧正が就任」。僧職の最高位で、彼の父親である。
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by amaodq78 | 2007-02-23 14:27 | 文事清流

外国語疲労なんかはない!

 ともかく、中国語の文章である。読者に知られないように隠されていた表現方法を、どうしてもみんなに知ってもらわなくてはならないのである。そこで知る人ぞ知る存在らしい中国語の書き方について、洗いざらいその魅力を少しでも紹介しつつ、その手になる見本みたいなものをアピールしたいのだけど、美しい中国語といわれるにしては、実は自信があまりないのである。特に文法の詳細をまず知らない。それは標準的な文章を好まないことにも由っている。

 だから、母国語上はともかく、その表現の現場を見ると、日本語との交換線がお互いには交わらず、時々放射状に伸びている図が見えるのではないのか?いわば言語の個別侵入である。別に侵入しなくてもいいんだけど。

 日本語に限って言えば、日本人には真似できそうにないけれど、やはり長く、そして深く細かく日本語とつき合ってゆくには、中国語が最良の相棒なのだろう。言語は通じあえる道具だけではなく、感情のエピキュリアンでもあったのだ。

 快楽主義と享楽主義だからこそ、人間は別の言語に対して、程度が違うかもしれないが、執着心というものを持つ時期が多いのだろう。勿論、一生持ち続ける人もいる。『中国語ジャーナル』の連載は早くも4年目に入ったが、現在、単行本の編集は継続中。
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by amaodq78 | 2007-02-22 10:20 | 文事清流

日本語の息遣い

 日本語は真っ直ぐな表現が書きいいのか、それとも曲がりくねった表現が書きやすいのかと、つい考え込むことがある。書きやすいという言い方も何を基準としているのか、相当曖昧だが、僕の場合、どれだけ気持ちよく言い表わすことができるかという程度の意味だ。特に気張った文章を書くということでなくても、言いたいことが浮かんだときにパソコンに向かってキーボートをたたきこむ時の気分も大事だ。

 かつての僕は、真っ直ぐな、文章の完成まで見通しのつく表現を計算する癖がついていた。文の構想が細かく出来ているから、極端な言い方をすれば、文章は書き出しから最後の一文字まで一直線に突き抜けていて、カーブと言っても直角にしか折れていない。こうした構文は実に涼やかですっきりした印象を与えてくれる。

 しかし、このごろ、長らく日本に暮らして感じたのは、構文の正確さはときにもの寂しい思いを醸し出すということなのである。それは一種の徒労感を伴ったコクのなさでもある。勿論、母国語としての中国語には、それがないと言うことも明らかである。

 最近、僕は好んで日本語で固められた、ほんの些細なエピソードにも満たないくらいの小さなイメージを膨らませてみる。それは近所の裏通りを散歩する最近の習慣に関係しているかもしれない。何の変哲もない道だが、歩き続けているうちに不思議と心に充足を覚えるようになっていた。

 日本語での構文の発想を変えた頃から、暇さえあれば裏通りを歩いている。交通量の激しい表通りのすぐ裏なのに家並みも町家風で昔ならではの風情を満喫することができる。

 それでいて新鮮な思いに駆られたのは、裏通りに漂う好い意味での人間臭さ、しっとりとした情緒の重みのせいではないだろうか。

 ぼんやりと気晴らしに歩ける道が僕の近所にあったと思ういま、そうした道こそ、整然としすぎず、今の僕の日本語にぴったりと寄りそってきてくれる気がする。豪快さ、一直線は今の僕の日本語の敵かもしれない。自分の暮らしをじっと見つめた場合、曖昧模糊とした部分が残されているほうがよほど僕らしく、ほっとした感じがするのではないかと考える。

 直線が集まって出来たものは、今の僕にとって荷が勝ちすぎて、疲れすら感じるようになってきたようだ。
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by amaodq78 | 2007-02-19 08:33 | 文事清流

猫は途中から

 ミクシィを書くと、なぜか寄ってくる。

 猫をみれば、いろいろなことがわかってくる気もする。新しい表情に僕は陶酔する。また、文章をかくことも、猫はそばにいながら慣れるに従って、あんなことも書いてみたい、こんなふうに書いてみたいと意欲は膨らんでいく。
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 一匹の猫は、けっして小さく無力な存在ではない!
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by amaodq78 | 2007-02-16 00:53 | 黒猫の隣歩き

ミクシィの周りに思う

 ふだん、日記は自分のために書く。ネット上の日記帳とは、それに限りなく近いという指摘があるかもしれない。しかし、それは本質的に違う気がする。日記というものは本来、読者の存在がないはずなのである。

 もし読者がいるなら、それはただ1人だけ、奇妙にも日記を書く人。つまり、日記の筆者である。かつて文学者の死後に公開される日記を読むことで、世間を何かと騒がせるようになったこともあるぐらいだから。

 さて、今はどうなっているのだろうか?

 いくらブログやミクシィと言っても、まず他人に読まれたくないことは絶対に書かない。この時点で日記というものは、もう私的な記録ではなくなっているのではないか?少なくとも半減しているに違いがない。

 他人の目に曝されるような事態が存在する場合、こんなことが書かれているのはまずいのではあるまいか、等などと。やはり、様々な配慮を動かす必要がある。いわば、日記の形式を籍りた、どっちかというと、より表現作品に近いものである。

 僕のミクシィは当初から知人や友人にしか公開していないが、中国語も同じような試みをしてみようかと考えている。中国語ブログもエキサイトも不特定多数の人々に読んでもらうことを目指しているわけだから、時には公開の往復書簡もおもしろいかもしれない。

 とは言っても、裏のまた裏の日記もあるから、切りがない。それだけは無駄に時間をつかわないように自戒している。 
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by amaodq78 | 2007-02-14 10:03 | ノスタルジックな時間

気楽に文章を書く秘訣

 ブログならば、語句がおろそかにしてもかまわないと思う。しかし、新聞掲載用の文章では一文字をどうするかで、赤信号の道路を横断したりするようなことまでする必要がある。

 とにかく読み返しはする。読んでみて、編集者と相談しながら、不満足と言うなら、もう一度書き直さなくてはならない。

 中国語ブログ・阿毛博客の場合は、それほどではないが、北京の編集者は僕のかわりにいい推敲もしてくれる。その分、気楽に日常の思いが湧いてきたら、つぎの文章を書くようになる。

 今年から何紙かはブログから関心のある文をとり出して、ほぼそのまま、紙面に載せるというから、気楽になれるかもしれない。

 ネットでも一部読めるから、紙面からブログへと、逆コースもありか→  世界新聞報

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by amaodq78 | 2007-02-10 01:56 | 文事清流

人を死に向かわせないもの

 人間は生まれたとき、すでに死刑宣告を受けているようなものだ。いや、「ようなもの」ではない。それはほかでもなく死刑宣告を確かに受けているのである。

 人間の歴史も誕生したときから、刻々終焉に向かって進行しているのである。何のために人が生きているのか、それと同じように歴史も何のために存在しているのか、と言えば、すべて死ぬ、すなわち終わるために継続しているのである。この事情は他の動物、例えば牛やウサギや蛇についても変わらないが、ただひとつ、人間だけはいずれ自分が死ぬ、歴史も消えることを知っている。

 先日から、『明王朝』(原題『大明王朝』)という人気沸騰中の中国の連ドラを非売品のDVDでずっと見ていた。本当は迷わないはずだと思われている歴史の偉大な人物が、じつは陰では迷っている、ということが実感できて、それでぐっと距離感が縮まり、中国の時代劇も読みやすくなった気がする。それはそうだろう、人間だから、とは思っていても、ふつうは考えることにはしない問題である。だからこそ、今回この連ドラに引きつけられたかもしれない。

 久しぶりに長時間ドラマをずっと見ていた。
 
 人間も歴史もすべて「未来への死者」として取り扱っているのが僕だけではないかもしれない。すべては滅びていくという不幸を逆手に取って、人を脅かし金儲けをしているエセ宗教家の数は多い。また、この不幸を深く自覚せずにうかうかと生きる人の数も多い。実は、明王朝において芸術に慰めを求めるか、仏への信仰に生きるか、救済はそれ以外にはないとのことが教えられているように思われる。

 昨年の年末、京都にある会議で稲盛和夫氏と会った。彼の目はいつも遥か遠くを見ている。会議での氏の何気ない姿を見るたびに、そう思う。いったいその目は何を見ていたのだろうか? 会議で最も強烈に飲み込まれた氏の言葉は「人間はいずれ死ぬものだから、その準備が必要ですよ」

 たぶん稲盛氏の目が疑視していたのは至近距離から無限大に至るありとあらゆる焦点距離から響いてくる、人間の言語を超えた神話的な「感性」だったのだ、と何となくそんな気がするのである。

『仏教タイムス』連載・第106回 2007年2月1日刊
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by amaodq78 | 2007-02-06 16:06 | 新聞雑誌掲載文