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猫と共に暮らす

 猫には、その猫に合った空間の広さや時間のリズムがあると思われる。車で走りまわり、忙しさのあまり時間に縛られた現代人の生活は、はたして猫という動物の持つ空間やリズムに合っているのだろうか。

 同じ家に住んではいても、猫にとっては部屋の空間がすべて。無論、体の大きさにより、住んでいる世界は多少異なるが、時間までもが違うものではない。

 猫と一緒に暮らしてみて、とりわけ週末になると時間がゆったりと流れるのだろうかと、しみじみ実感した。猫のある暮らしがすっかり定着したこの頃では、たまに東京まで出ると、足早に歩く人々の姿を見ているだけで疲れてしまう。
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by amaodq78 | 2007-01-23 17:13 | 黒猫の隣歩き

刺激溢れる日々を送りたい友人

   見えない幾つもの輪が、われわれを繋いでいる。ちやほやされるのが好きだったり、人を差別するのではなく区別したりする。ことに中国人でも日本人でも、有名人の有名人好きにはうんざりさせられるケースがある。が、誰とでも別け隔てなく交際するというのも至難の業だったかもしれない。
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 序列や肩書が罷り通る社会は、なかなかなくならない。無論、人間関係というのは複雑にして不可解な部分も多い。ある時急接近したり、またある時は疎遠になったりする。毎日のように会っていても、何ひとつ記憶に残らない場合もある。木の幹に枝葉があるように、人と人が複雑に結びついたり絡み合ったりしている。最近、不思議なことに、幼稚園の同期生だった林君から20年ぶりに僕のところにメイルが届けられていた。

 彼は当然僕知っていることながら、映画や演劇がほかのどれよりも好きだった。昔、北京で彼から踊りと油絵までを学んだこともあった。そんな彼はいま、ニューヨーク在住で、著名な監督Martin Scorseseの元でスター俳優を目指しているという。友人自慢というか、とにかく夢を追うことになると尊敬してしまう。彼は小さい頃、世の中で最高にやりたい仕事は映画に出演すると信じて疑わなかった。誰よりも夢の部類だったように思う。

 写真は彼が出演したハリウッドの映画で、いい役も演じていたのではないか? 林君は独身で「毎日刺激溢れているよ」と、早口に言ったのである。
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by amaodq78 | 2007-01-19 18:15 | ノスタルジックな時間

阪神大震災

   明日1月17日は、阪神大震災のあった日。それを記しておくために、拙文のNHK朗読をもう一度聴くことにする↓

    http://home4.highway.ne.jp/amao/contents/luminarie.html

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by amaodq78 | 2007-01-16 23:57 | ノスタルジックな時間

北京のための思いなのか

 やっぱり、かなわないなあ、と思う。

 25才で来日して以来、日本での生活が故郷の北京で過ごした時間を追い越そうとしていて、今ではすっかり日本の空気が身にしみるはずなのに、ふとした瞬間に、僕はやっぱり「よそ者」なんだ、と感じることがあるのだ。

 それは、たこ焼きを食べた帰り、そぞろ歩いた難波駅前の広場でだったり、作家である友人のサイン会に出かけた、池袋のジュンク堂でだったりする。

 おいしいベトナム料理の店があるよ、と誘われて出かけた芦屋あたりで、料理は文句なしにおいしかったのだが、少し酒を飲んだあと、ほろ酔いで歩いた駅までの細い道、なんだか切なくなってしまったこともある。

 お正月の家の前に何気なく新年の飾りつけを目にすると、ふっと自分がいてはいけない場所にいるような、20年も前に不安と期待を半々に持ちながら大阪空港に降り立った時に立ち戻ったような、そんな感じになるのだ。

 北京を離れてきたけれど、それは僕の後ろめたさなのかもしれない。
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by amaodq78 | 2007-01-12 13:26 | ノスタルジックな時間

僕の猫の名前は熊だ!

 昔はどこかの街角に黒猫の看板がいくつも立っているのが目につく。いまや、黒猫はすでに我が家の飼い猫になっていた。

 どうも猫には、独特の質を持った重みがある。例えば、猫を抱いた時、ズッシリくるような、しかもとても柔らかい重みがそれである。

 雑誌などの連載で、直接、猫が登場するのはそれほど多くないが、後は旅行記やエッセイ、それとかかわる間接的な話が多い。もっぱら日常に観察した「僕」的な猫である。

   猫のことを思うと、小説仕立てにすることもできるかも知れないが、事実、二度ほどそれを試みてはいる。あえてそうせず、別の話とした。というのも、別の話だけではなく、すべては小説にすると、普通に表現できないと思ったからである。本性からして、現実のなかの話を圧縮させることが一番好きなので、小説は向いていないのである。

 黒猫は、我が家のどの場所が一番快適に眠れるかを体で覚えているらしい。何事もわざわざ乗らなくたって良さそうなものがある。そこが猫の習性なんだねと言われればそれまでだろうが、僕に言わせれば、それこそ猫に教わったところでもある。


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by amaodq78 | 2007-01-07 20:33 | 黒猫の隣歩き