カテゴリ:文事清流( 103 )

企画映像と『天津からの贈り物‐EYE』

 日本の現代文学を可視化する『天津からの贈り物‐EYE』写真展は、今年の秋頃、天津美術学院の美術館において開催される予定だが、実際のところ、まずは神戸での開催を期していた。しかし、当初から予定していた会場の都合で、中国での発表が先になった。天津を選んだ理由は、やはり神戸との日中両国の初めての友好都市だということもあって、お互いに観光や文化交流を深めるように続けていくことを願いたいからである。

 予告編は今週からの公開となっているが、写真展に向けて、神戸ビエンナーレ2011・プレイベントとしても本格的な準備に取り掛からなければならないのである。


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by amaodq78 | 2011-05-01 07:17 | 文事清流

北京依存度指数

 私にとって日本は、長年住み慣れた異国なのは間違いない。だから、学生と話していると、時々こんな質問をされてハッとすることがある。たとえばこんな質問だ。「毛先生は僕が生まれる前から、長い間日本に住んでおられますが、どうしてですか?」

 「君は今何歳だ?」学生に尋ねると、彼は「1990年生まれです」と答えた。たしかにその年には、私はすでに日本で猛烈に仕事をしていた。水産物を扱う商社で、見習いではなくすでに漁師と一緒に海に出て、遠洋まで行くようになっていた。不思議なことに、こんな質問は北京で出ることが多い。日本でなら、学生からこんな質問が出てもそれほど驚かないだろう。少なくとも、北京で質問されるほどは驚かないだろうに。
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 今回、北京に戻って雍和宮(チベット仏教の寺院)のそばを通ったら、「起名(子供の名づけ)」の看板がいくつも出ていた。赤い看板に金色の文字が目を引く。きっと雍和宮の参拝者をあてこんだ看板だ。人がこの世に生まれたら、名前を得ることは命を得ることと同じくらい重要なことだ。名前のない生命は存在しない。

 北京に戻る回数が増えるにつれて、内心の微妙な変化に気が付いてきた。たとえば喋る速さもその一つだ。同じように取材を受けても、日本語で答えるときは、いつもより早口になる。とくに東京では、口の中に感じる空気に、一言でも多くしゃべれと急かされているようだ。反対に北京では、空気が「落ち着け、早口になるな」となだめているように感じるから、自然と早口も影をひそめる。

 西安に行くと京都で話すよりもゆっくりになるのと同じく、北京では東京よりゆっくり話すようになる。北京で過ごした数日はゆるやかに過ぎていき、毎日いい天気で、周りは顔なじみばかり、それに新しい友達もたくさんできた。どうか皆さんごきげんよう、また次回お会いしましょう。(『仏教タイムス』連載第145回 平成23年4月21日掲載)
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by amaodq78 | 2011-04-24 10:00 | 文事清流

『知日』第二号、間もなく発売

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by amaodq78 | 2011-04-02 08:47 | 文事清流

郭敬明君とのテレビ共演

 時間の経過と同時に、やはり僕はなんとなくこう考えるようになった。それは、テレビ出演や対談の相手は、外部から突然やってきたものではなく、むしろ僕という人間のまわりにもともと、親しみのある人たちでなければならないと。今回の上海で郭敬明君とのテレビ共演は、とくに明確な理由もないままに僕を楽しませてくれたし、とても嬉しかったのである↓  
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by amaodq78 | 2011-03-06 08:14 | 文事清流

知日のある風景

 友人の作家・莫言さんがテレビで記者にものの伝え方を問われて、本当に言いたいことが伝わるように言えばいいのだ、とこたえた。つまり、達意の話とはこれだが、話のすべてではないにしても、言いたい気持ちはここに尽くされている。

 最近、『知日』創刊という話題もあってか、中国中央テレビ(CCTV)が、出来れば神戸での取材をしたいというから、二年ぶりに密着を受けることにした。
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 日本をお伝えするということには、自分が何を言いたいのか自覚して、それを然るべき順番に並べなければならない。そうすれば伝えたい熱意は大概伝わるもので、別に「わかりやすい一語」など選ばなくてもいい。とはいえ、肝腎なところでわかりやすい言葉を選ぶことができれば、それに越したことはないわけなので、かかる選択の才能に恵まれた人は、達意の話がしゃべれる。「知日」への視線=鈴木玲子(『毎日新聞』)
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 来月の北京での編集会議も大きな楽しみである。
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by amaodq78 | 2011-01-20 05:53 | 文事清流

北京の暮らしのかたち

 北京は今日から寒くなってきた。空を見上げると、雲はあるのだが、太陽の光が強すぎて雲があるのが見えない。ただビル群の隙間の狭い青空が少し白っぽく感じられる。早朝からあちこち歩き回った。国貿橋から私の母校北京119中学の正門まで、その後は秀水街から日壇公園まで歩く。仲間たちと遊び戯れた子供のころの情景を思い出す。そして大人になってそれぞれの道を歩いている今、生活は空の雲のように、ときに見えないことがある、と思う。
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 地下鉄に乗って、十号線は若者が多く老人が少ないことに気づく。老人はほとんど見当たらない。車内では若い男女が目を引くようなタトゥーをしているのをよく見かけた。とくに黒々したトンネルを抜けるときには、彼らの身体に、タトゥーが発する光がほんの一瞬だけ浮かび上がる。十号線に老人が少ないのはきっと、バスなら無料乗車券が使えるからかもしれない。若者が多いのは、IT関連の施設や店が集まる中関村へ行くからだろう。北京市内には東西にITの街が連なっている。

 復興路のあたりで信号待ちをしているときに、工事現場で手押し車を押している労働者が見えた。 発動機か発電機のように、紳士然として悠々と押している感じがなかなかいい。赤信号になると必ず慌てて走る人がいるが、いったい何のために現代人はこんなに時間に追われてせわしないんだろう。何事ももっとゆっくりしてみたらどうだろう。

 夜、ドイツの友人と食事に行った。昔ベルリンにいたときの話になった。当時ベルリンはネオンが少ない街だと感じた。少なくとも香港のようにネオンだらけではない。食事を終えて二人でタクシーに乗った。途中、あるレストランの前を通りかかった。タクシーの窓から覗くとレストランの外にかかっているネオンサインがいっそう眩しい。しばらくして、友人が突然「あのネオン、ほんとは24時間営業のことだよね」と言った。

 見ると、本来「24時間」と書いてあるネオンの4だけが消えていて、「2 」だけになっているのだ。それがなんだか人が仏様を拝んでいる格好に見えた。
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by amaodq78 | 2010-12-15 07:53 | 文事清流

経験としての空間

 北京に送らなくてはいけない原稿があって、それを研究室のプリンタで出力していた。すると、北京、それもかつて少年の楽しい日々を埋めてくれたその巨大空間がいまになって過去のどこかへ私を吸い込もうとしているような錯覚を覚えた。

 北京とは、私にとっての唯一のそういう場所だ。神戸とはまったく違う。神戸では海からの風が吹き、波があって音も立てる。海の気配を感じながら、六甲山の頂は深い緑に覆われている。 空間は抽象ではなく具象であるはずだ。

 北京の冬は湿度がなく乾いている。実家のリビングで絨毯の上を歩きまわっていると、金属製のライターにもぱちっと静電気が走る。タバコを吸うにはマッチが必要だろう。窓の外のモダンで躍進する街から弱々しい太陽の光が射し込んでいる。

 乾いた季節に私は惹かれる。好きだった、といっていいかもしれない。食堂のテーブルから拾いあげた豚骨と輪ゴムで遊ぶ少年の私。文化大革命時代に発禁となった雑誌から切り抜かれたらしい版画の数々、早朝のラジオから流れる北京発の毛沢東の声…… それらの記憶は未だに消せない情景であり、ただぼんやりとそれを遠くから眺めている。なぜなら、かつての日常はすでにないからである。

 人間の記憶と空間はいったいどこからつながり始めているのか?私にはわからないが、気持ちのうえでは過去のどこかへ急激に吸い込まれ、そして落ちつくことを容易に想像できる。

 今から23年前、中国から日本へ向かった。そして日本語に接し、日本に生活することになった。それぞれの国に暮らす人間の気質や価値観といったものが違うのは当然のはずだが、その中にあっても日常という空間を突如として飛び越えることは不思議とたやすい。

 私はたった今、神戸にいながら、北京への気持ちをつないでいる。この空間の移動に比べれば、言語はいくら言葉を費やしても人間の思いを完全に言い表すことができない脆いものかもしれない。

 中国の現代宗教書によれば、空間とは、われわれをとりまく意味に満ちた世界のなかでの、つまり有意味的な場所のなかでの、関係性である。
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by amaodq78 | 2010-12-08 08:12 | 文事清流

独り中秋節を祝う

 同じアジアの国なのに、日本だけは中秋節を祝わない。これはアジアの中の例外だという人もいる。その見解が正しいかどうかについては、考証したことはないし、学者のようにあちこち資料を調べて真相を突き止めるつもりもない。ただ、毎年、日本での中秋節はとくに何もお祝いをしないまま過ぎていく。たいていは、家族や友人にお祝いの電話をかけるくらいだ。

 祝日を手持ち無沙汰に過ごすせいか、電話を掛けるとどうしても長くなる。その日はニューヨークの友達に電話した。ちょうど大勢集まって中秋節のパーティーをしていたらしく、電話が通じたとたん、向こうからにぎやかな雰囲気が伝わってきた。それに比べて私ときたら、目の前の巨大な観覧車の横に出ている満月を一人で眺めているばかりで、懐かしい思いも空には飛んではいかず観覧車のようにずっとその場で回っているばかりなのだ。
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 先日はずっと富士山のそばの田舎町を取材していた。旅館にはインターネット回線がなく、フロントにぽつんと2本のケーブルがあるきりで、さっき河口湖湖畔のホテルにチェックインするまでの数日間はインターネットなしで過ごすほかなかった。今、ホテルから外を眺めている。広大な視界が広がっているが、富士山はそれほど高くは見えない。それよりも風呂で見た逆さ富士がよかった。

 富士山の河口湖湖畔にはとてもお洒落なホテルがある。このホテルでは、元々和室だった客室は全部洋室に改装されており、大きなガラス窓と鏡張りの壁はパリのセーヌ河沿いのホテルを思い出させ、東洋と西洋の境界にいる気分だ。

 とくに屋上の露天風呂が自慢らしい。朝、温泉に浸かっている人の視線が富士山と平行になるように作られているから、温泉には逆三角形の富士山が映る。その景色を充分楽しんだ後、立ち上がって温泉の湯をかき回したとき、その逆三角形が急にゆらゆら乱れて私の足の間に矢のように飛び込んできたのだった。
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 このときだからこそだったかもしれないが、近所から聞こえてくる梵鐘の音に、何故か心惹かれていたのである。
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by amaodq78 | 2010-11-20 08:35 | 文事清流

実りの檀

 近所に小学校がある。学校の前は歩きなれた道だ。日本では桜の季節に新学期が始まる。学校は春の花のように華やぎ、生徒たちの笑顔が陽光のようにあふれている。

 とくに小学生は賑やかだ。小学校には大きくはないが体育館があり、新学期が始まると毎朝みんなで読書をしている。高学年の子供が一人、前に置かれた檀に上がって読んでいる。毎日一人ずつ順番に、巡回公演みたいに檀に上る。私の観察によると、どの子も必ず檀に上がることになっているらしく、その日誰が前に立つかにはそれほど関心がないようだ。

 その檀というのは木の箱で出来ていて、布で作った紅白の花で飾られている。その色鮮やかさをみれば、檀の上に立てば人から祝福されているような、また皆から崇められているような特別な感じがするだろうことは説明されるまでもない。

 女性の校長先生に聞いてみた。「檀をこんなふうに飾っているのは何か考えがあるのですか?」校長先生は意味ありげに笑って答えた。「もちろん、毎日、生徒たちは順番に檀に上ります。毎日上る生徒は違うけど檀はいつも同じです。檀だけでなく、周りにつけた花もずっと変えていません。それは、生徒たちに、この檀が神聖なものだと印象づけるためなのです。こうやって毎日、小さいときからみんなが一つのものを思う心を育てていくことで、大きくなって、チームワークがしっかり根付くんです」

 こう聞かされて初めて、そういえばこの檀は確かにいままで交換されたことがないのに気がついた。何回も体育館の朝の読書を見たが、季節が変わっても檀はいつも小学生たちに呼びかけているように、一番前に立っていた。

 ついでながら、我が家は阪神甲子園球場のすぐそばなので、時々試合を見に行く。日本の応援団は息が合っていて、みんなが一つのリズム、一つの掛け声に動きを合わせている。しかも試合が緊迫すればするほど動きが一つになるのは、どこか宗教儀式のようである。
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by amaodq78 | 2010-11-10 17:34 | 文事清流

http://twitter.com/maodanqing 始まった!

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by amaodq78 | 2010-10-17 10:32 | 文事清流