カテゴリ:ノスタルジックな時間( 21 )

径山寺で食べた後

  中国の日本料理が“まずい”といったら不謹慎といわれそうだが、実感を明らかにすることは美食家の趣味になるはずなので、それなら“美味しく”でも不思議ではない。それが少しも美味しく思われていないのは、味覚うんぬんというよりはむしろ、食べる場所の問題であろう。
  径山寺にやってきて、今晩食べたのが無論、地元の料理であり、さっぱりしていて、美味しかった!

  料理を語る場合において、人間は、ひとりごとをつぶやくにはめぐまれた言葉をもっている。“美味しい”というものである。特定の肉や野菜に向かって語る言葉が思うほど豊富ではないのは、そういう語り口をすることが少ないからであろう。食べ物は人の舌に向かって語られるようなもの。はね返ってきた言葉がただ、“美味しい”というだけである。場所やその場にしかない雰囲気が伝わってこない。

  料理の話になると、思ったことがうまく言えない。話下手である。料理についての気心と雰囲気を伝えるために言葉をもっと磨くべきであり、宴会後の僕の感想としたい。

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by amaodq78 | 2006-09-14 21:32 | ノスタルジックな時間