カテゴリ:ノスタルジックな時間( 21 )

土に帰る

 夏休みを北京で過ごした後、親戚や友人達と別れの挨拶をして、僕は日本に帰る飛行機に乗り込んだ。飛行機が離陸してまもなく、隣りの席に日本人らしいお爺さんが座っているのに気がついた。彼は恍惚とした表情で、寂しそうに真っ黒い喪服を着ていた。膝の上に、白い布に包まれた小さな箱を置いていた。その形からみて、それはおそらく日本の遺骨箱だろうと思いあたったが、それ以上に見ようとしなかった。

 機内は、会話もあまりなく、エンジンの騒音ばかりが耳に飛びこんでくる。しばらくすると、機内放送でスチュワーデスの柔らかい声が流れてきた。「この飛行機はただいま、日本の上空に入りました。いまから、長崎、大分、瀬戸内海、そして関西国際空港に到着する予定でございます。」

 僕にとって久しぶりの日本語だったからか、新鮮にも聞こえた。隣りの席のお爺さんは何かはっきりとしない声でぶつぶつ言いはじめた。「ケンちゃん、帰ったぞ。やっと帰ったぞ…」

 独り言のように、また誰かに訴えるかのように聞こえてくるが、お爺さんの声はそれほど調子外れでもない。飛行機の騒音に重なっていたせいもあり、微かに聞えてきた泣き声もすぐに消えてしまった。

 静かなところで聞けば、その声は悲しすぎるかもしれない。お爺さんはきっとそのとき感情を抑えきれなくなったのだろう。隣に座った僕は、この時、心の中では慰めたいと思いながら、口は開かなかった。日本上空を飛んでいる日航機だけが大きな音を発している。

 遺骨はお爺さんの息子だろうか?中国旅行中に事故でも遭遇したのか?それとも急病で倒れ、病院に運ばれたが、手遅れだったのか?勝手にあれこれ推測してみた。 しかし、これは推測ではなく、恐らく遺骨は日本のどこかの墓地に安置されるに違いがない。僕の知るかぎり、遺骨が墓石の下に埋葬される時、この箱も要らないはずだ。そして遺骨はこれからも徐々に日本の土に帰されていく……

 飛行機は無事に関西空港に到着した。自分でもなぜかわからないが、3時間ほど前に離れたばかりの北京に熱い思いを馳せた。
 
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by amaodq78 | 2008-09-13 14:59 | ノスタルジックな時間

中国の映画に見る「悪人正機」

 親鸞聖人の教えは、中国の社会にもあるのだろうか。『歎異抄』を中国語に訳した私だが、時々考えながら、映画『芙蓉鎮』(配給・東光徳間)に注目したい。
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 物語は、中国の南方の片田舎に展開された。米豆腐の商売で成功を収めた胡玉音(フーユイイン)という女性が、資本主義のレッテルを貼られ、さらに文化大革命の嵐のなかで迫害されていくという話を、1963年から、文革を経て、1979年のその終結までという時間の流れの中で描いたものであった。

 新しい富農として罰を受けた彼女と、もともと右派として疎外され、文革によってさらに追い落とされた秦書田(チンシューテェエン)が、雨の日も風の日も雪の日も、芙蓉鎮の町の石畳を箒で掃き続けてきた。世間には悪人とも言われた彼らは、気持が沈むことなく、箒一本でもワールツのテンポに乗って、掃きながらダンスも楽しめた。そんな彼らを資本主義的ブルジョアジーと指弾する人もいた。

 もともと国営食堂の女店主だったが、美人で愛嬌がよく働き者の胡玉音の店が繁盛しているのを妬んで、何かあったら彼女を叩き落とそうとしていた。それが、政治工作班長になって権力を握ったとたんに、胡玉音の店を摘発する。結局、この女店主も時代に翻弄され、自分でも批判されたわけだ。民衆の前に、彼女はやたらに、「私はよい人だよ、彼らのような悪人ではないんだ」と繰り返した。自分は善人だと主張した彼女には、ある種の自力作善という構図もここで垣間見ることができる。

 やがて10年の刑を受けた秦書田と妊娠中の胡玉音と別れる時がきた。ここで、秦さんは大きな声で叫んだ。「どんなことあっても生き延びよう。畜生になっても、何になっても必ず生きるんだよ!」

 この感動的なシーンは、多くの中国人の胸を打った。激動の時代を生き残った人々ならではの思いが込められていると思われる。

 『歎異抄』の第二章には、このように書いている。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。

 いわば、地獄はわれらの住み家なんだという思想も、あの激動中国にもあった。人間はどんなに追い落とされても、生きるだけはあきらめてはいけない。悪人であっても、救われる道があるから。この映画について、知人監督の謝晋(シエチン)は、こう説明している。『芙蓉鎮』は、文化大革命の時代、そしてその後と、十数年間にわたって受けた痛手をある小さいな村を通して描き出したものだ。重要な登場人物は八名、出て来る人家の戸数は数軒しかないが、この裏側に数千万の同じ苦しみを持つ人々がいると言えよう。
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by amaodq78 | 2008-03-22 14:31 | ノスタルジックな時間

僕の宗教体験

 もし僕に宗教体験があるとすれば、それは仏像との出会いということである。神の姿をみることもなく、神の声を聞くということは一度もなかった。
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 仏像とは、それはただ会うということではない。大学時代に敦煌という素晴らしいところを旅行したが、一度にあんなたくさんの仏像をみたのは初めてだったのに、ひとつひとつ顔が違っていて、それらは僕の中でも鮮明に今も覚えていたのである。

 特に莫高窟45窟の仏像の顔、驚くほど表情豊かなことに気がつき、みんなそれぞれのモテルになった聖人が実在しているのではないかと、大卒になってからも、しばらくのあいだそのように考えてきたのだ。

 出会いとは見ることではない。目差しが消えることであると同時に、相手が物から人に変ることである。僕と仏像が、その当時主体と客体の関係ではなくなり、相互主体になったような気がする。つまり、宗教的な体験の一瞬でもある。
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by amaodq78 | 2008-02-10 23:38 | ノスタルジックな時間

中国語ブログ300万アクセス突破

 さて、僕は書き続く。書くには、初めに何を、次に何を、というように、一つ一つの日本の僕の日常を空間的並存状態の中から取り出して来なければならない。

 そこで、この日常の様子を書く場合の順序を考えてみると、例えば、個人的にたいへん興味を持つダンスロボットやインパクトのあるモノクロ写真などを前提してのことだが、一番面白く書きたいものは、動画映像、次に少なめに表現したいものは、知人が撮影した嫉妬の日本人女性、僕が知っている人……という調子に、この日常のいろいろなものを関心事の順序で空間的並存状態から取り出し、その順で書くことによって、ブログとしての時間的継続状態へ移し入れることができる。正直なところ、関心事の順序は、「ありのまま」の世界には存在していない。順序という尺度は、僕という人間が勝手にそう思って、これを「ありのまま」の世界に押しつけているのである。

 おそらく、誰もがこういう関心事の順序を立てようと思うだろうし、昔から今日の現在に至るまでの記憶をたどりながら、ブログ通り、これを時間の流れのままに捕えるということになる。すなわち、空間的並存状態が早くも経験や記憶の時間的過程へ逆流されているからである。少しではあるが、やや難解なことを考えてみた。なにかを考えるのが好きなほうだからかもしれない。
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by amaodq78 | 2007-05-02 19:19 | ノスタルジックな時間

阪急梅田駅の喫茶店

 その喫茶店には楕円形のカウンターがあり、並んだスタンド椅子はいつも客でいっぱいだった。男性もいれば女性もいる。

 女性客の多くはおしゃれで、きれいな服を着ている。見ればすぐデパートで買い物をしたあと休憩しているのだとわかる。大勢の人が話しているときもあれば、誰も話していないときもある。

 店の天井の上は線路で、毎日同じ時間に電車が駅を出ると、ごうごうと製鉄所から溶鉄が出てくるような音が耳を震わせる。店主は若い女性で、とても大阪っぽい人だ。季節が変わっても、彼女はいつも白いシャツを着ていて、それには「大阪」という二文字が大きく黒くプリントされていた。

 何回も彼女に会った。カウンターに座るといつも、まず目に入るのは彼女の胸の「大阪」の文字で、その次が彼女の微笑みである。軽やかに僕の前に現れて、「コーヒー下さい」と言い終わらないうちに、常連客はいちばん気に入っている種類を飲むことができる。彼女はとっくに客の好みを知り尽くしているからだ。

 喫茶店に入る回数が増えると、逆に観光客のようになっていった。一つには、話をしないこと、そして店主の微笑みに会うと、僕は軽く頷いて、礼を以って応えるのが習慣になったからだ。彼女はカウンターの仕事をし、僕はコーヒーを飲む。大阪の時間は永遠にとどまることなく流れていく。音もなく、跡形もなく……。

 その後、僕がまた喫茶店に行くと、彼女はいないことに気が付いた。引き継いだのは中年の男性で、彼が着ているシャツにも「大阪」の二文字があったが、黒色ではなかった。

 彼女の微笑みがなくなれば、僕ももう頷くこともなく、コーヒーを飲む速度も早くなったような気がした。もっともこれはまったくもって個人的な感覚である。それからも阪急梅田駅の高架下には、やはりこの喫茶店がある。

 聞くところによると、あの店主は実は口が不自由で、今は結婚したのだという。彼女の夫は長年彼女のカウンターに座って彼女の微笑みを見ながらコーヒーを飲んでいた青年だった。
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by amaodq78 | 2007-04-28 07:03 | ノスタルジックな時間

ミクシィの周りに思う

 ふだん、日記は自分のために書く。ネット上の日記帳とは、それに限りなく近いという指摘があるかもしれない。しかし、それは本質的に違う気がする。日記というものは本来、読者の存在がないはずなのである。

 もし読者がいるなら、それはただ1人だけ、奇妙にも日記を書く人。つまり、日記の筆者である。かつて文学者の死後に公開される日記を読むことで、世間を何かと騒がせるようになったこともあるぐらいだから。

 さて、今はどうなっているのだろうか?

 いくらブログやミクシィと言っても、まず他人に読まれたくないことは絶対に書かない。この時点で日記というものは、もう私的な記録ではなくなっているのではないか?少なくとも半減しているに違いがない。

 他人の目に曝されるような事態が存在する場合、こんなことが書かれているのはまずいのではあるまいか、等などと。やはり、様々な配慮を動かす必要がある。いわば、日記の形式を籍りた、どっちかというと、より表現作品に近いものである。

 僕のミクシィは当初から知人や友人にしか公開していないが、中国語も同じような試みをしてみようかと考えている。中国語ブログもエキサイトも不特定多数の人々に読んでもらうことを目指しているわけだから、時には公開の往復書簡もおもしろいかもしれない。

 とは言っても、裏のまた裏の日記もあるから、切りがない。それだけは無駄に時間をつかわないように自戒している。 
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by amaodq78 | 2007-02-14 10:03 | ノスタルジックな時間

旅を楽しめばいい

 紀行文学に目覚めて、日本各地へ出かけ、旅行は北海道から沖縄まで、計4年間あまり、数十回も走りまわった。(写真は友人と北海道のローカル線の無人駅↓)
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 エッセイだけが唯一の収穫と見て、次の本を書くように、最近の出版社が絶えずに言ってくれた。このため、時間があれば、なるべく書くようにしているが、何も進展はない。それが僕にとって、ある種のスローライフであったかもしれない。

 映像も好きで、友人に勧められたりするなど、あれやこれやで、何となくいい気持ちになる。先日、新潟県の湯沢温泉へ旅したが、帰りは夜行列車。

 隣の男子生徒が眠りこけて床に落ちたせいか、まわりは一気に騒がしくなった。中にただただ「大丈夫か」と叫び、何回も注意してきたはずだと、ヒステリックな大声。担任の女性教員のようだ。

 このような派手な女性教員が居るのか。「鉄の女」ということが始めて身にしみた。いずれにせよ、日本の旅でなにかを書き続けている僕にとって、間違いなく楽しいひと時である。

 旅と言えばすぐに想起されるのは竹内敏信氏の美しい写真であり、指南書である。氏は、日本各地を写真撮影という立場で眺めることの大切さを指摘し、強調され、ビジュアル的な理解を大きく改められた功績は実に大きい。

 僕が月刊誌『旅』連載のため、竹内氏と一緒に仕事をした。彼の作品にいつも最大限の敬意を表したい。いまでも日本のどこかで旅すると、脳裏にはかならずと言ってもいいぐらい、氏の風景写真が浮かんでくるのである。
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by amaodq78 | 2007-02-04 09:16 | ノスタルジックな時間

刺激溢れる日々を送りたい友人

   見えない幾つもの輪が、われわれを繋いでいる。ちやほやされるのが好きだったり、人を差別するのではなく区別したりする。ことに中国人でも日本人でも、有名人の有名人好きにはうんざりさせられるケースがある。が、誰とでも別け隔てなく交際するというのも至難の業だったかもしれない。
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 序列や肩書が罷り通る社会は、なかなかなくならない。無論、人間関係というのは複雑にして不可解な部分も多い。ある時急接近したり、またある時は疎遠になったりする。毎日のように会っていても、何ひとつ記憶に残らない場合もある。木の幹に枝葉があるように、人と人が複雑に結びついたり絡み合ったりしている。最近、不思議なことに、幼稚園の同期生だった林君から20年ぶりに僕のところにメイルが届けられていた。

 彼は当然僕知っていることながら、映画や演劇がほかのどれよりも好きだった。昔、北京で彼から踊りと油絵までを学んだこともあった。そんな彼はいま、ニューヨーク在住で、著名な監督Martin Scorseseの元でスター俳優を目指しているという。友人自慢というか、とにかく夢を追うことになると尊敬してしまう。彼は小さい頃、世の中で最高にやりたい仕事は映画に出演すると信じて疑わなかった。誰よりも夢の部類だったように思う。

 写真は彼が出演したハリウッドの映画で、いい役も演じていたのではないか? 林君は独身で「毎日刺激溢れているよ」と、早口に言ったのである。
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by amaodq78 | 2007-01-19 18:15 | ノスタルジックな時間

阪神大震災

   明日1月17日は、阪神大震災のあった日。それを記しておくために、拙文のNHK朗読をもう一度聴くことにする↓

    http://home4.highway.ne.jp/amao/contents/luminarie.html

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by amaodq78 | 2007-01-16 23:57 | ノスタルジックな時間

北京のための思いなのか

 やっぱり、かなわないなあ、と思う。

 25才で来日して以来、日本での生活が故郷の北京で過ごした時間を追い越そうとしていて、今ではすっかり日本の空気が身にしみるはずなのに、ふとした瞬間に、僕はやっぱり「よそ者」なんだ、と感じることがあるのだ。

 それは、たこ焼きを食べた帰り、そぞろ歩いた難波駅前の広場でだったり、作家である友人のサイン会に出かけた、池袋のジュンク堂でだったりする。

 おいしいベトナム料理の店があるよ、と誘われて出かけた芦屋あたりで、料理は文句なしにおいしかったのだが、少し酒を飲んだあと、ほろ酔いで歩いた駅までの細い道、なんだか切なくなってしまったこともある。

 お正月の家の前に何気なく新年の飾りつけを目にすると、ふっと自分がいてはいけない場所にいるような、20年も前に不安と期待を半々に持ちながら大阪空港に降り立った時に立ち戻ったような、そんな感じになるのだ。

 北京を離れてきたけれど、それは僕の後ろめたさなのかもしれない。
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by amaodq78 | 2007-01-12 13:26 | ノスタルジックな時間