カテゴリ:現代中国の群像( 5 )

知日』を語る上海テレビ番組の予告編


[PR]
by amaodq78 | 2012-05-29 08:02 | 現代中国の群像

知日の頂点を目指す

 小生が主筆を務める『知日』隔月誌は、このたび中国今年の年度最優秀クリエイティブ出版賞受賞。嬉しく思っている。
e0060913_7494512.jpg

[PR]
by amaodq78 | 2011-09-22 07:49 | 現代中国の群像

反日感情渦巻く中 等身大の日本伝える中国人作家

 日中関係の緊張が続く中、日本人の生活や文化を紹介する雑誌が中国で出版されます。 執筆しているのは長年、日本に住む中国人の作家です。雑誌には2つの国を知る作家の願いが込められています。(2010年11月11日放送済)関西テレビ・ニュース番組『スーパーニュースアンカー』より  → 『反日感情渦巻く中 等身大の日本伝える中国人作家』
e0060913_14133643.jpg

[PR]
by amaodq78 | 2010-11-15 06:29 | 現代中国の群像

現代中国の文学を読みうるのか

 常に念頭にあるというのでもないし、時に思いがけなく強い勢いで飛びあがってくる噴水のようなことでもないのだが、それでもどういうわけでか、時に想わざるをえないのは、その日本における現代中国文学のことだった。
e0060913_0424732.jpg

 たしか、何種類の文学雑誌で読んだのだと思うが、日本においては、決してメジャーな存在ではない。僕としてはむしろ現代の中国文学が認知するまでまったく知られていなかったと言ってよい。

 その文学は、何年ほど前のある時から日本のメディアからほぼ完全に姿を消してしまったのだが、残りの報道は中国ここ数年の文学事情とずいぶんかけ離れたところで、地味な内容のみ演出されていく。実に寂しいものである。

 文学というまさしくその国の人を理解するためにもっとも重要な環視の項目のひとつであり、つまりただ大勢の人の目に直接さらされるのではなく、そこでの認識が日本人の好奇心にも届けられるという意味で継続しなければならない。

 幸い、先鋭的な日本人女性翻訳家も同じ気持で僕の考えに共感してくれて、何なりの前向きというような要素が持たされているように思うのである

 昨日発売『AREA』中国特集をご高覧下さい。とりわけ上記の写真の女の子、田原(ティエンユェン)16才のとき自作の英語歌でデビューを果たし、今度は作家として来年の日本語版で登場する予定。

 北京で彼女と一度だけ会ったことがある。日本での受け入れはそのうちうまく行くようになるか、彼女の文学の才能を信じたい。
[PR]
by amaodq78 | 2007-12-24 00:42 | 現代中国の群像

詩人芒克・ロック歌手崔健・デザイナー旺忘望・写真家爾冬強

   はしがき

   日本に長く住んでいる私には、自分の国に対する記憶はほとんど、10数年ほど前のまま停止していると思う。なぜなら、中国を離れるまえのイメージは、この十年以来の中国の社会変貌そのものとあまりにも噛み合わずにいたからである。物事が急激に変わろうとしている時には、それを受け止める人のこころの準備が必要となるだろう。ところが、現代中国に押し寄せた大きな波には、ゆっくりと考える時間さえもなく、どんどん呑み込まれるように身を託さなければならない時もあるような気がする。すくなくとも、私個人の体験として、この十年あまりの中国は、そうだったように感じる。建国50周年にあたる今年、天安門の修繕補強の工事や長安街沿いの広告看板の撤退作業などで多忙な街の風景は、まるでこの急変中の時代に乗り遅れないように国全体が躍動しているように見える。そこで、中国を表現してきた詩人や歌手、それに芸術家たちも、この繁忙な社会からどのような影響を受けているだろうか?日本から帰国した時、私は、できるだけ多くの人々と直接会って、お話を聞かせてもらうことにしている。そして、現代中国に生きる彼らの姿を通じて、ひとつの内なる風景がどこかに見えてきたような気がする。

   その一、「空間の虚構」を考える詩人芒克

e0060913_1164734.gif
   芒克にとって、空間というものは恐らく表現しにくい内容だろう。というのが今年の春、北京に彼を訪ねたときの僕の印象だった。詩人としての芒克が中国で輝きはじめたのは、実に僕がまた高校生のときだった。そのころは彼にとって言語の覇権に対する苦闘の時代でもあった。彼の詩集「思い」を読んで深く感動したことを覚えている。その後、海外に脱出した詩人楊煉を通じて、何度か彼の動向を聞いていた。1997年10月『今日』が復刻出版されたのをきっかけに芒克は日本を訪問した。大阪での日本中国学会前夜祭に彼は詩の朗読を行ったが、日程が詰まっていたのか、大変お疲れだったようで、声もかなり枯れてしまっていた。その場で僕は彼と挨拶だけを交わし、それ以上、話をすることができなかった。後日「朝日新聞」や「すばる」等に取材文が掲載され、彼の現代中国を象徴するような詩人という地位がすでに不動のものになってきているのがそこから読みとれることができた。ここ数年、詩を書くことすらしていない芒克は日常の中に何を考えているだろうか?僕がこのような疑問を持つのは、中国の文化人にとって海外に出かけるということ自体が、彼らにとってある種の非日常ではないかと考えたからである。自分の知らないもうひとつの言語領域において、「私」の存在というものが思いがけず大きなものであることを見出して驚きを覚えた人は多い。芒克もその中のひとりだった。日本滞在について彼は率直に言った。

   「俺は驚いたよ。自分のことをたいした者じゃないと思っていたのに、人は俺のことを偉いぞと言ってくるんだよね。どう考えても、そんなことないと思いながら、しばらくしたら、俺の感覚も人の言う通りになっちゃうもんだね。東京にいった時、学者の取材を受けたことがあって、俺のことを、俺以上に相手はよく知っているんだ。結局、俺はあまりしゃべらなくても、相手はよく研究していて、よく準備もできていたね。カメラマンも俺の顔に向かって連発して写真を撮ったりして、何だか別の世界みたいだね。これは普通の俺じゃないような気がするけど、まぁ、これでこれを必要とするところもあるから。」

   「普通と言っても、違う解釈もあるだろうと思うけどね、」僕の話を聞くと、芒克は苦笑いながら、ゆっくりと答えた。

   「面倒な解釈はいらないよ。普通というものは、この俺の空間にあるんだ。壁、騒音、アパートに起動不能のエレベーター、そして詩人同士は昔のように集まったりしないのも普通なんだ。実業家の知人もいるが、彼らも元気がなくて、倒産寸前だ。この世の変動についていけないんだろうか?壁に向かって、空間を思うときがあるけど、俺には難しいね。収益がいいから小説を書くだけであって、詩を書く意欲が湧いてこないんだ。日本から帰ると、詩をあらためて書こうかと思うが、まぁ、書く意欲がほんとうに湧いてきたらね」

   何気なくしゃっべた芒克は僕にとって、わかりやすい人間だ。それと同時に詩の空間からは一歩離れた存在でもあったような気がする。彼の詩について大阪外大の是永駿教授は次のように評価した。(大修館『しにか』98.4.P72)

   「芒克の詩は生、愛、死を歌い上げる祝祭の世界というべきものであり、人間を最終的に支配する“時間”さえも包みこむ奥行きの深い気宇は迫力に満ちている。」
芒克の詩に、時間というモチーフがあるのは確かだが、空間に対して、彼はどう考えているだろうか。

   僕の質問を読み取ったかのように、「それは虚構なんだよ」と彼の回答は意外に明瞭だった。

   その二、ロック歌手・崔健とデザイナー旺忘望

   視覚の衝撃という言い方をはじめて耳にしたのが北京でグラフィック・デザイナーの旺忘望氏と会ったときだった。その日、崔健さんと僕は北京テレビ局のスタジオから離れ、旺さんの仕事場に向かっていた。深夜の静けさはまるで昼間の喧騒を洗い流したかのように、雑音であるはずのエンジンの音もリズムよく聞こえていた。崔健さんは運転をしながら、僕にしゃべった。
e0060913_1174261.gif
   「外国から戻って、飛行機から降りるたびに何だかイライラするのね。数日たつと、もとに戻るけど、この感覚はいったい何なんだろう。よくわからん。」

   ミュージシャンの彼は、音に対してたいへん敏感になるから、飛行機を降りたらすぐイライラするとの説明も恐らく巨大な騒音にも関係があるのではないかと僕は思った。が、この話題は続かなかった。車の中に崔健さんの新譜<緩衝>が流れていく。数分後、旺さんの仕事場についた。旺さんはあの<紅旗下的蛋>の表紙デザイナーだ。

   そこで彼は何を表現しようとしているのだろうか。僕は挨拶の後に尋ねた。「表紙デザインは視覚への衝撃が必要なんだ」と答えながら、彼はMACのディスプレイに表紙を読み出し、口を開いた。「われわれには、文字というものが氾濫しすぎる。文字はあの時代、みな指令みたいな働きをして、単なる伝達の道具にしかすぎなかったと思うよ。あの時代って、個人というものもなければ、集団もなかったね。一人一人、みな国家の代弁者みたいに肉も血もないんだ」

e0060913_110840.jpg
   たしかに60年代生まれの僕にとっては、文化大革命の最終時期に遭遇していた記憶はいまだに新しい。旺さんも崔健さんもよく似た経験を持っていた。個人の存在は暴走する社会に呑み込まれていき、体制の中の一部品として確立しなければならなかった。そして、僕たちは、あの時、赤い旗のために、革命のために忠実だったといまになって、やっとわかった。僕はこう考えながら、崔健さんの意見を求めた。「そうだ。でも、個人がないということはいまもたいして変わりがないよ。みんなはパスポートを持っているだろう。それは君個人を表わしているのじゃなくて、その国の人だという意味だね。俺は人としての人になりたいんだ。」

   崔健さんはしばらく、無言のままだった。旺さんもディスプレイに向かって座っている。僕は静かに考えた。

   あの時代は代弁者がいる。彼らは文化というものまでつくりあげていた。それは、指令のように社会の隅々まで何らかの思想を伝えながら、民衆の心をある特定の目標に向かわせた。革命であれ、何であれ、ある種のエネルギーの発散地になれば、社会は安泰になる。

   表紙を見つめる旺さんは、少し考えていたようだが、次の言葉を放った。
   「個人って何だ?俺は生命そのものだと思うよ。社会のために存在するんじゃない。命のために存在するんだ。俺は命を表現したいんだ。これからももっともっと表現したいね。」これを聞いて、崔健さんもうなずいた。

   帰りに、崔健さんは再び視覚のことについて僕に話しかけた。気がつくと、車外は濃い霧に包まれ、電信柱の光さえも見えなくなっていた。

   思わず、僕らは笑った。

   その三、実在の意味を問う写真家爾冬強氏

   漢源書店を経営しているのが上海在住の写真家爾冬強である。この書店は上海文化の景観とも言われ、以前から僕の耳に入っていた。所在地は紹興路なので、私の上海滞在中のホテルと近い。3月下旬に、日本から彼と連絡を取り、さっそく書店を訪ねてみた。

   店内には、古い家具などをならべ、ピアノ、本棚、ソファも年代を語れるような色で飾られ、バランスよく配置されていた。たしかに昔の上海を思い出させるような演出もされているように思ったが、北京生まれの僕にとって、新鮮さ以外の何ものでもなかった。

   「そうかね?」爾さんは笑いながら、僕を案内してくれた。上海出身の彼は、いまの町よりは以前の風景に興味を持っているようだ。それはなぜかと聞くと、彼は自分の作品集を取り出して、次のように説明した。

   「浦東が開放されるようになってから、上海は急速に変わった。むかしの建物は壊されていった。壊されたのは建物だけじゃないよ。人の思いや感情も一緒につぶされたと思う。これによって文化の資源が枯れてしまうことは違いがないんだ。町も冷たくなったいまの上海で、晩年を迎えるこれらの建物をみると何だかかわいそうな気がする。あの時代からいまの姿までに至るある種の哀れも存在しているから、それをカメラに収めて、何かを残そうとしたんだ。」

e0060913_231378.gif
   写真集「A LAST LOOK」は香港で出版され、欧米で飛ぶように売れたという。そして、彼は漢源書店を開業し、上海の文化人にゆっくりとできる場所を提供した。彼の写真には、教会や学校、そして体育館などの西洋風の建物が圧倒的に多い。上海の町に植民地の文化が浸透している側面があることはいまでも否定できない。爾さんの話は続いた。

   「文化と言っても、かならず形が残る。それは、空気の中まで拡散なんかしないよ。ただ、人の思想になり、あるいは観点や概念を形成するには素材として引用されるだろう。写真は実在を求める。素材でもいい、思想でもいい、現実にあるものを再現すればいいわけだ。」

   漢源書店にまた一人、お客さんが見えた。有名な映画監督だ。爾さんは「ヌンハウ」(上海語発音)と挨拶した後、僕に「この人は実在の意味を知っているから、毛君に紹介するよ」と言った。聞くところによれば、実在というものについては、上海文化人の間でひとつの議論にもなっているようだ。

   おわりに

   時代とは変化していくものである。一旦その変化のスピードが私たちの想像を超えてしまうと、ある一種の不均衡が生み出される。それは、とくに私の場合においては、故郷を離れている時間が長くなり、物事を見たり論じたりするとき、その環境の中からではなく、表面だけを見て全体的な印象を捉えるだけになってしまった。つい最近、私は北京作家の邵燕祥を訪ねた。私は彼に自分が現在感じているこれらのことを話した。彼は私の話を聞き終わると笑みをたたえこう答えた。「私は毎日外へでて買い物をする。街角で野菜を買えばその日の値段がわかり、人々の喜びや楽しみ、また悲しみを目の当たりにすることができる。これは外の世界にいては見ることができないものなんだ。住んでみて、生活してみて初めてわかるものなんだ。」

   これを聞いた私は慚愧の念を感じると同時に一種の確信を得たような気がした。それは、どんなに激動した時代であれ、現代中国の表現者たち、自分の分野で、そして一個人としての感性をもって、静かにこの国を見守っている。詩人、ロック歌手、またはデザイナー、写真家と作家、彼らはそれぞれ自分の足場をこの社会に置き、そこで社会に向けて発信を行い、または現実に対応するような自然体で生きている。彼らの生きるさまは、この私の眼に鮮烈に映っている。

   現代中国に生きる彼らには、内なる風景がある。それは、私のイメージした以前の中国と異なり、みずからの国家像を描き続けることであろう。私は帰国するたびに思う。激動する中国は、人々のこころのなかに静かに流れ、そして一個人としてのそれぞれの表現を通して、時代の動向を伝えている。
[PR]
by amaodq78 | 2006-08-28 00:49 | 現代中国の群像