杭州講演会、話術から考えると

 講演会がどんな場所であっても、聴衆の心をとらえて離さぬところがあるのは、文章に比べてはるかに、終わりよければすべてよし、の話術的発想に忠実になりうるからであろう。終わりと言えば、“落ち”のことである。
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 関西の人の言葉がおもしろいと感じられていることとも無関係ではない。日本語では、もっと終わりに裾まわりに気をつける必要があるが、僕の中国語も段々そうなっていく気がする。
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by amaodq78 | 2008-12-16 14:44 | 文事清流
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