中国人はクリントンがお好き?

  アメリカ合衆国大統領といえば自分を立志伝中の人物に仕立てることに熱心なものと相場が決まっており、退任前から(早い人になると就任時から)計画を練り、自分の業績を喧伝する。大衆もまた大統領の回想録で政治の内幕を知りたがるから、回想録は売れる。しかしジョンソンにしろアイゼンハワーにしろ、今までビル・クリントンほど自分自身をネタにした大統領はいなかったと言われ、またクリントンの『マイライフ』ほど中国のマスコミで騒がれた自伝もこれまでにない。

  この自伝の出版に先立ち中国メディアは、クリントンが自伝を「彼の将来の遺産の主要な部分」と考えていること、彼がロースクールを卒業した時から早くも自伝を書こうと考え始め、ホワイトハウス入りした後は毎週一、二日を執筆に充てたこと、執筆に行き詰まり「著作の監獄」に閉じこもるのは「囚人のような生活」だったと語っていることなどを報じた。

  『中国日報』のホームページは早々と今年一月から、自伝が今年発売されると予告し、出版の半月前には「クリントン自伝一五〇万冊のベストセラーに」と題して盛んに話題にした。『人民網』はそれに対抗するように、六月十九日付で、クリントンの生活と任期中に犯した誤りについて詳しく書かれていること、クリントン自らモニカ・ルインスキーとの関係を「プライベートで一番暗黒の出来事」と書いていることなど、自伝の内容を紹介した。また多くのメディアがクリントンの次の言葉を引用した。「大統領の回想録の多くはつまらなく、自分にとっていいことしか書いていないと言う人がいるが、私の本はまずおもしろくて、さらに自分を語れればよいと考えている」。自伝のなかで自分のスキャンダルをあえて公表していることを指しているが、これがブームを煽る大きなセールスポイントになった。

  六月二十二日に米国で自伝が発売されると、翌日の『新聞晩報』『羊城晩報』などの新聞は大きな文字で「クリントン自伝大あたり」「クリントン自伝、深夜発売、大ブームに」「クリントン自伝がブレイク、雨の中熱心な読者が徹夜で行列」などのセンセーショナルな見出しをつけた。そしてクリントンのサイン会での米国読者の「クリントンはビッグスター」「彼は我々の文化的アイドル」「彼に感謝している。楽しい八年間を過ごさせてくれたから」などの反応や、「クリントン、愛している!」と興奮して叫ぶ人までいた……と細かに報道した。

  そしてクリントン自身も、自伝の中国語版に並々ならぬ関心を持ち、中国の読者が完全な自伝を読めるよう、中国の出版社と契約を交わして米国側が訳文の正確さをチェックすることを約束した。これも中国では異例のことだ。

  自伝の具体的な内容紹介は、記事のタイトルからも分かるとおりクリントンの女性スキャンダルの部分に集中し、政治について触れた記事は少なかった。「クリントン自らルインスキーとのスキャンダルを語る」「クリントン自伝で情事を公開、ヒラリー怒って原稿を焼き捨てた」「クリントン自伝発売、スキャンダルのヒロインは今どこに」「クリントン百人以上の女性と浮気」「ルインスキー、クリントンのでたらめを激しく非難」「クリントン自伝読みどころ満載」などなど。クリントンの高額の報酬に強い興味を示す報道もあり、ずばり「ビジネスチャンスは無限」と題して、このブームが実は一種の商行為であることを暴露した記事もあった。

  注目すべきは七月十四日付の『北京晩報』の記事。すでに市場では、「譯林出版社」と書かれた『マイライフ――クリントン回想録』という粗製乱造の海賊版が出回っているが、これはヒラリー夫人の回想録からの抜粋を寄せ集めたもので、本物の自伝の中国語版がまだ発売されないうちから海賊版のほうが先に登場したという。まさに利潤の追求というほかなく、過度な煽りの結果といえよう。

  実際には、次々と繰り広げられるスキャンダル報道に対しては、中国の読者からも不満が出ている。ある新聞の署名記事は「クリントン回想録はもてはやす値打ちなし」と題してこう書いている。

  「まず、国内メディアがこの本を煽り立てたマイナスの影響は軽視できない。クリントンの回想録について騒ぎ立てたことは、国内でこの本をベストセラーに押し上げる効果をもつことは間違いなく、一種の無料広告である。そして、今後この本が高値で中国に上陸するための伏線になった。この本の内容と質には騒ぎ立てるべきものはない。クリントンは退任した普通の大統領の一人にすぎず、学者でもなければ作家でもなく、政治家としての生涯にも特別なところはない。人々が興味を持っているのは実習生のモニカ・ルインスキーとホワイトハウスのオフィスで浮気をしたスキャンダルだけではないだろうか。つまりこの本は学術的価値もなければ文学的価値もない」と手厳しい。

  一冊の本がマスコミによってこれほど騒ぎ立てられることについては、「このような現象は憂慮すべき」としており、この記事はすでに国営新華社通信のネットによっても発信されている。

  もちろん、この本に喝采を送る読者もいるが、どうやらその意図は別のところにあるようだ。「趙忠祥はクリントンではない」という記事は、中央電視台の有名アナウンサー・趙忠祥と、ある女性とのスキャンダルについて取り上げている。趙との間でトラブルが起こり、この女性が訴訟を起こした際に趙があくまで否定したことについて、「趙氏が女性のことを知らないと否認したことは一般人としての誠実さを欠いている。米国前大統領クリントンとルインスキーのスキャンダルが表沙汰になったとき、米国の大衆は彼をしつこく追い詰めた。これはスキャンダル自体のためではなく、彼が誠実さを欠いていたからだ。その後クリントンは勇気をもって謝罪したことで事件を切り抜けた。趙氏はクリントンに学ぶべきだ。このことでクリントンをおもしろく魅力あふれる人だと褒める人もいる。クリントンはある意味で中国の有名人たちの手本だ!」と書いた。

  日本でのクリントン自伝出版は、中国出版界の人々にとって大きな利点となるかもしれない。少なくとも私が上海で会った業界関係者は皆、口を揃えてそう言っていた。ただ、日本よりも中国の版元のほうが焦っている。彼らは、どれだけ利益を上げられるか、また「英雄は色に弱い」という昔からの考え方がまだ通用するのか、気になっているのだ。

  海賊版を出版するのは出版業界の人であることが多いと聞く。これは中国では公然の秘密となっている。しかしこれから出るクリントン自伝の中国語版は本物であることを祈りたい。そうでなければ、私は先に日本語版を読むしかないからだ。

(『一冊の本』朝日新聞社 2003年9月号)
[PR]
by amaodq78 | 2006-08-28 20:58 | 新聞雑誌掲載文
<< 映画『活きる』の原作者余華さん 詩人芒克・ロック歌手崔健・デザ... >>