「小説と現実」という演題

 これについて、来月訪日予定の莫言さんに語っていただきたいが、僕もなんとなく考えたくなった。小説と現実は明らかに少しずつ違う何かを持っている。
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 物理的な距離で、つまり視線と思考回路のこと、お互いに影響しあう抜き差しならない関係を、小説家は自覚的、意識的に受け入れなければならない。

 小説は不在物を指し示すときがある。その現場にないものを想像に浮かばせる言語のおかげで、主人公という仮説の行動範囲と破壊力がまったく別の次元に移行したことは何ら疑いようもない。

 しかし、小説のそもそもの起源においては、不在物を指示する前に、その場で共有された現実をイメージする段階があったはずだ。つまりフィクションがつけいる余地はある。

 小説は現実を指示せずにはいない言語の性質を巧みに利用しつつ、その真偽の大きな判断をできるだけ遅らせてゆくところに生じるものだと思っている。やはり、中国最大の作家莫言さんに聞いてみよう。(莫言著 吉田富夫訳 中央公論新社 2008年2月10日発売↓)
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by amaodq78 | 2008-01-26 09:14 | 文事清流
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