中国語ブログ400万アクセス突破

 ブログは読者の関心をひきつけるときにアクセスを一直線に増えるけれど、そうではないときに普通に読まれていく。ネット社会の間ではこうしたパフォーマンスの違いがしばしばコミュニケーションの齟齬を生じさせてきた。

 例えば、ブログへの書き込みを禁止するが、直接に投書のようなメイルがいつも届けられてくる。その延長でブログを機にして、なにか底意があると受け取られるようになる。こうしたコミュニケーションは一種の宿命なので、すべての意見を解消できると思わないほうがよい。むしろ、人との意見の違いから出発したほうが、かえって溝を埋める近道になるだろう。

 日本を伝える僕の中国語ブログ、独自のスタイルを試みたい。日常をもってなにかに置き換える。日本人にとっての日常性、日常を超えるものへの期待感は、もしかしたらどこかで宙吊りになっているかもしれない。

 ただ、それと関係なくこの時代に湧き出る日本人論には、予期せぬ確かな日常が加わる必要があるように思われるのである。
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by amaodq78 | 2007-08-10 16:20 | 文事清流
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