人と出会うこと

 奇遇といえば、土生川君と25年ほど前の万里長城で出会ったことだとひそかに思っている。当時の僕は大学新卒、彼が京都外大の4回生で、中国を旅行していた。何しろ彼はお寺の息子で、奇妙に話がうまいという印象を持っているのは僕だけではない。その場で一緒にいたほかの人もそう思っているらしい。

 それはともかく、その後何年も会っていないのに、一昨年の秋、雑誌取材のために高野山を訪ねた時、僕を寺院で出迎えてくれたのがその土生川君であった。広東話や北京語も彼がペラペラしゃべることはおどろきだ。実際のところ、そこまでは無理に納得しなくても、彼は相変わらずお話がたいへん上手で、立派なイケメン僧侶になったこともおどろきを通り越してしまうような気がする。
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 日本仏教についてずっと前から興味を持っている。現に『歎異抄』も訳したことがあったぐらいから、彼と微妙にかさなりあうものがあると、そう一方的に考えているというのが、僕の本音なのである。その日の宴会席で彼は言う「他の人に理解しにくい共通項があるのではないかね」と。

 僕は、彼と自分の共通項を解くかぎが、仏教への探究心を媒介として、いささかクリアになったように思ったものだった。

 本日の新聞各紙に写真付きで小さく載っている→「高野山真言宗法印に土生川大僧正が就任」。僧職の最高位で、彼の父親である。
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by amaodq78 | 2007-02-23 14:27 | 文事清流
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