毛沢東の宗教観

 中国では昔からの伝聞がある。ぶくぶくに太っている男は、世間を魅了するという。勿論、傾国傾城の美貌を持つ唐代美人楊貴妃も、そのぽちゃぽちゃしている姿で後世に名声を残していたが、これは男の太さとまったく別次元のことに思われる。まず、太った男は身体だけではなく顔が丸いというイメージも連想される。三国誌の劉玄徳はその典型だった。次に、太った男と丸い顔は誰よりも仏様に近いと伝えられてきた。文化大革命の嵐が吹きはじめた頃、中国の指導者毛沢東は天安門に登り、広場を埋めた熱狂的な群衆を眺めた。その英姿はまるで仏様のようで慈愛溢れたものだったと日記に付けた中国人は決して少なくはなかった。

 ところで、そんな太った、顔も丸い毛沢東は宗教についてどう考えていたのか?長年、毛沢東思想の研究者でさえほとんど触れていないテーマだけに、最近、北京で出版された一冊の本は、内外から注目された。本の題名は「私の知っている毛沢東」(中国語原題「我所知道的毛沢東」中央文献出版社刊)、著者は毛氏の元秘書林克という人物だ。

 この本によれば、共産党政権が支配後間もなく、毛沢東は仏教史の専門書がないことに驚き、関係機関の責任者を呼びつけ大きな声で叱ったそうだ。知名度の高い学者達を集め仏教史を研究するように指示し、具体的にいつ頃までに本を出さなければならないのかを命じたという。

 仏教史に決して無関心ではなかった毛沢東が自ら起こした文化大革命で、あらゆる宗教に空前の弾圧を行なったのはなぜだろうか?身近な秘書にも、信仰を持つ宗教家が一番尊敬できると何回も言い残した毛沢東は、なぜ自分の意志に反して中国の宗教を無差別に破滅しようとしたのか?残念ながら、この本を読むかぎりでは明快な答えが出てこない。

 だが、毛沢東はいま、仏様のように拝まれている。都会のタクシーの車内に彼の肖像が飾られ、お守りのように見える。片田舎の農村では、彼を祀るお寺も現われはじめたとの噂も流れてくる。

 何だか毛沢東のお顔は、ますます丸く見えるような気がする。

(『仏教タイムス』連載・第7回)
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by amaodq78 | 2006-09-17 20:46 | 新聞雑誌掲載文
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