北京のための思いなのか

 やっぱり、かなわないなあ、と思う。

 25才で来日して以来、日本での生活が故郷の北京で過ごした時間を追い越そうとしていて、今ではすっかり日本の空気が身にしみるはずなのに、ふとした瞬間に、僕はやっぱり「よそ者」なんだ、と感じることがあるのだ。

 それは、たこ焼きを食べた帰り、そぞろ歩いた難波駅前の広場でだったり、作家である友人のサイン会に出かけた、池袋のジュンク堂でだったりする。

 おいしいベトナム料理の店があるよ、と誘われて出かけた芦屋あたりで、料理は文句なしにおいしかったのだが、少し酒を飲んだあと、ほろ酔いで歩いた駅までの細い道、なんだか切なくなってしまったこともある。

 お正月の家の前に何気なく新年の飾りつけを目にすると、ふっと自分がいてはいけない場所にいるような、20年も前に不安と期待を半々に持ちながら大阪空港に降り立った時に立ち戻ったような、そんな感じになるのだ。

 北京を離れてきたけれど、それは僕の後ろめたさなのかもしれない。
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by amaodq78 | 2007-01-12 13:26 | ノスタルジックな時間
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