小説家・莫言は私の親しい友である。この10年、ほぼ2年おきに長編小説の新作を発表し、すぐに日本語版が出版されている。これは欧米での翻訳版よりも1年ほど早い。邦訳の新刊『蛙鳴』(吉田富夫訳 中央公論新社)は中国の一人っ子政策をテーマにした小説で、『生死疲労』(邦題は『転生夢現』)に続いて、人間性というテーマに挑戦した野心作だ。
私は莫言とは毎年会っているので、近年の創作を至近距離から知ることができた。たとえば、彼の小説『四十一炮』に出てくる僧侶。彼らしいスタイルで神秘的な人物に描かれているが、では彼の小説のモデルになった実在の僧侶はいるのだろうか。答えは「いる」。それも日本の浄土真宗の僧侶だ。 当然、世界で最も有名な中国の作家である莫言のことだが、小説のモデルとなった人物は一人だけではない。この創作の過程は彼がこの十年あまり頻繁に海外に出かけ多くの人と会い、多くの文学を知ったことと無関係ではない。ところで『蛙鳴』のモデルは莫言の伯母であり、小説は一人の日本人男性に宛てた手紙の形で始まる。この小説がこのような構成になった舞台裏には、次の出来事があった。 2002年の旧正月、ノーベル賞作家の大江健三郎が訪中し、莫言の手配で彼の故郷・山東省高密平安村を訪れた。私は二人の小説家に全行程付き添って通訳をした。たしか旅の三日目、莫言が突然言った。「是非、大江さんに私の伯母に会ってもらいたい。この人はこれから書こうとしている小説のモデルだから」。「伯母さんは何をしている人ですか?」私が尋ねると「引退した産婦人科医だ」という。そして、たしかよく晴れた日に、大江さんは莫言の伯母に紹介された。背が高くがっちりした中国農村の女性だが、彼女は方言がきつくて、一言話すたびに莫言が標準語に通訳してもらい、それから私が大江さんのために日本語に通訳した。 今思えばその時の旅での細かい出来事から『蛙鳴』冒頭の手紙が生まれたのであり、手紙を書いている「私」の記す日付が「2002年3月21日北京」となっているのも、ちょうど莫言が大江さんを送って故郷を離れ北京に戻った日のひと月後なのだ。
by amaodq78
| 2011-11-18 06:10
| 新聞雑誌掲載文
|
カテゴリ
リンク
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||