北京依存度指数

 私にとって日本は、長年住み慣れた異国なのは間違いない。だから、学生と話していると、時々こんな質問をされてハッとすることがある。たとえばこんな質問だ。「毛先生は僕が生まれる前から、長い間日本に住んでおられますが、どうしてですか?」

 「君は今何歳だ?」学生に尋ねると、彼は「1990年生まれです」と答えた。たしかにその年には、私はすでに日本で猛烈に仕事をしていた。水産物を扱う商社で、見習いではなくすでに漁師と一緒に海に出て、遠洋まで行くようになっていた。不思議なことに、こんな質問は北京で出ることが多い。日本でなら、学生からこんな質問が出てもそれほど驚かないだろう。少なくとも、北京で質問されるほどは驚かないだろうに。
e0060913_106530.jpg
 今回、北京に戻って雍和宮(チベット仏教の寺院)のそばを通ったら、「起名(子供の名づけ)」の看板がいくつも出ていた。赤い看板に金色の文字が目を引く。きっと雍和宮の参拝者をあてこんだ看板だ。人がこの世に生まれたら、名前を得ることは命を得ることと同じくらい重要なことだ。名前のない生命は存在しない。

 北京に戻る回数が増えるにつれて、内心の微妙な変化に気が付いてきた。たとえば喋る速さもその一つだ。同じように取材を受けても、日本語で答えるときは、いつもより早口になる。とくに東京では、口の中に感じる空気に、一言でも多くしゃべれと急かされているようだ。反対に北京では、空気が「落ち着け、早口になるな」となだめているように感じるから、自然と早口も影をひそめる。

 西安に行くと京都で話すよりもゆっくりになるのと同じく、北京では東京よりゆっくり話すようになる。北京で過ごした数日はゆるやかに過ぎていき、毎日いい天気で、周りは顔なじみばかり、それに新しい友達もたくさんできた。どうか皆さんごきげんよう、また次回お会いしましょう。(『仏教タイムス』連載第145回 平成23年4月21日掲載)
[PR]
by amaodq78 | 2011-04-24 10:00 | 文事清流
<< 企画映像と『天津からの贈り物‐... 日本語とその空間 >>