言葉を感じるために

 言葉の面白さに取り憑かれて、かなりの年月が過ぎた。そもそもそのきっかけは、小学3年、同じ机を並べる友から借りた一冊の連環画だった。ほかの詳細は記憶にないが、ただタイトルに「封神」という二文字が入った気がする。いわば英雄といわれた人物の生い立ちからの物語だ。読みはじめはきっと嬉しかったに違いないが、その人物はいったい誰だったのか、さっぱりわからなくなったのである。
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 無論、人物よりその物語の面白さに引き込まれたことを今も思い出す。しかし、肝心な人物は忘れていた。言葉とは、人のために智慧を育くむ力を与えながら、その想像力を培い、知識と好奇心を満たしてくれるものでなければならない。

 日本人学生にとって、中国語を学ぶ場合、ある種の疑似体験であると言ってもいい。言葉が違っても、言葉は言葉である。それによる想像力は縦横無尽に限りなくひろがるから楽しさ面白さも無限のはずだ。今回はこのような強い思いを抱いて、個々の発想で読むことができる本。また、学校の中ではなくても、どこでもこの一冊さえあれば、言葉を楽しむことが可能であるように、嬉しい極楽があればいい。
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by amaodq78 | 2009-08-01 11:45 | 文事清流
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